先人たちの深い思いを秘めた神仏

 

現代人には見向きもされない路傍の神仏の一つ、「月読尊」(ツクヨミノミコト)が農村の一角で見つけました。月読尊とは、日本神話に登場する月の神。伊奘諾尊(イザナギノミコト)の子で、天照大神(アマテラスオオミカミ)の次、素戔嗚尊(スサノオノミコト)の前に生まれた。「つく」は月の古語、「よみ」はひとつずつ数えること。よって、この神の名は月齢を数える意とされます。『古事記』では月読命と書かれ、『日本書紀』には月夜見尊、月弓尊と書かれた例もあります。『古事記』に、この神が登場するのは、誕生してすぐに夜の国の支配を父に命じられる個所だけですが、『日本書紀』には、この話のほか、口から多くの食べ物を吐き出して饗応しようとした保食神をツクヨミが切り殺したために姉のアマテラスがひどく怒り、もう弟とは会わないといったのがもとでアマテラスとツクヨミ、つまり太陽と月とは時を隔てて空に出現するようになったという伝承です。牛久の農村部では、多くの神仏が見られます。月読尊の他、道祖神、庚申塔、月待塔、馬頭観音、水神等々。先人たちの深い思いを秘めた神仏をもっと大切にしなければなりませんね。

| 17:49 | 投稿者 : ushiku |
スギ花粉が大量に飛散

 

今日の日本列島は高気圧が通過したため、午後から気温が急上昇、暖かな春の陽気になりました。雨の日の翌日に晴れるとスギ花粉は爆発的に飛散すると言われていますが、その花粉による「花粉光環」という現象が各地で報告されています。花粉光環とは、大気中に飛散した大量のスギ花粉によって生じる太陽の周辺に現れる光環です。光の回析現象の一種で、虹のような輪が二重三重に広がって見える現象です。写真は市内の杉林ですが、朝から風も無く晴れているのに、林の中の光芒が薄く霞んで居るようにも見えます。これはスギ花粉が大量に飛散したための霞でした。お陰で普段何でも無い目が真っ赤になりました。

| 17:12 | 投稿者 : ushiku |
啓蟄の日

 

お天気は長続きしませんね。ここ数日、木の芽起こしの雨になりそうです。草木には重要な雨ですから我慢しなければなりません。この時期は、そろそろ「春を呼ぶ声」が聞かれるころです。西日本から東日本の各地で、「ウグイス」の声が聞かれる時期になりました。ウグイスは気象台の「生物季節観測種目」で、毎年、初鳴日(しょめいび)を観測、記録して、季節の遅速の目安にしています。牛久田宮町では、今朝、初鳴きを確認しました。そして、今日は二十四節気「啓蟄」です。啓蟄とは雨水から数えて15日目頃。啓は「ひらく」、蟄(ちつ)は「土中で冬ごもりしている虫」の意味で、大地が暖まり冬眠していた虫が、春の訪れを感じ、穴から出てくる頃。菰外し(こもはずし)を啓蟄の恒例行事にしているところが多いですね。季節は本格的な春に突入しました。ウグイスが鳴き、土筆は芽を出し、スギ花粉は飛散がピークを迎えています。

| 18:44 | 投稿者 : ushiku |
ちょっと早い忘れ霜

 

三寒四温、このところ寒暖差が大きくなっています。今朝は久しぶりに霜が降りました。このところ暖かさが実感できる陽気になっていましたので、ふと「忘れ霜」(春の季語)が脳裏をかすめました。忘れ霜とは、春、遅くなってから降りる霜のことを言い、古来「八十八夜の別れ霜」といって、立春から数えて八十八夜(五月二日頃)ごろに最後の霜が降りるとを言います。この頃は田植えも行われ、野菜や桑や茶などに害をもたらす霜とされ、農家に恐れられました。

| 16:13 | 投稿者 : ushiku |
草木萌動

 

昨日は南岸低気圧が通過してまとまった雨になりました。それまで乾燥しきっていましたから、恵みの雨になったことでしょう。春は急速に進んでいます。そして、今日は二十四節気「雨水」の七十二候(末候)「草木萌動」(そうもくめばえうごく)です。次第に和らぐ陽光の下、草木が芽吹き出す頃。冬の間に蓄えていた生命の息吹が外へ現れ始める季節になります。梅が満開になり、ネコヤナギが暖かな花穂をつけ、里山でマンサクが満開になりました。そして林床ではフキノトウが薹をのばしはじめました。あと五日で二十四節気の「啓蟄」(けいちつ)です。季節の大きな変わり目に差しかかりました。(写真はマンサク)

| 16:34 | 投稿者 : ushiku |
寒さに耐えられる「ふくら雀」

 

日毎に春めいてきました。現在の暦の上での季節は、二十四節気「雨水」の七十二候(次候)「霞始靆」(かすみはじめてたなびく)です。冬の間寒さを和らげるため、雀は丸々と太っているように見えます。しかも、個体差があります。この個体の違いはオスとメスの違いではありません。実は、冬の寒い時期になるとスズメに限らず鳥類は羽毛を膨らませるように逆立てる事で、中に空気の層を作り体温の低下を防いでいるのです。特に、このように羽毛を逆立てている雀は「ふくら雀」と呼ばれます。冬にスズメが膨らむ姿は古くから知られており、ふくら雀は冬の季語としても用いられています。また、「福来雀」という字があてられ大変縁起が良いとされています。

| 17:31 | 投稿者 : ushiku |
里山の農道に轍

 

農道の轍(わだち)に夕日が当たっています。昔の農道は、荷車などの車輪によって削られた道でした。現在は軽トラックなどによって削られた轍です。その農道とは、農道は農業の振興を図る地域において受益地を特定し、圃場からの農産物の搬出・出荷や市場への輸送、農業機械や肥料などのほ場への搬入など、農業利用を主目的に整備される道路です。また 一般道路とは、市街地や住民の居住区域及び社会経済上の拠点地域を結ぶ、便益者不特定の産業道路かつ生活道路です。昔の街道には轍が多かったのでしょうね。

| 18:15 | 投稿者 : ushiku |
雪国の風情が漂う一日

 

今年三回目の雪になりました。早朝から降り出した雪は、午前中降り続きましたが、道路には積もらず、交通機関の混乱はなかったようです。予報では大雪の可能性と大げさな報道になりましたが、水分を多く含んだ春の淡雪は雪がやんだ昼前から溶け出しました。ただ樹木の着雪は雪国の風情を醸し出していました。明日の日曜日は高気圧に覆われお天気は回復しますが、西高東低の気圧配置になり寒い一日になりそうです。そして、この高気圧は明日一日限り。月曜日は次の低気圧が通過するため、雪の可能性も出てきました。三寒四温を繰り返しながら春がやってきます。

 

| 17:02 | 投稿者 : ushiku |
放置竹林に天狗巣病の脅威

 

牛久周辺で「まだけ天狗巣病」が蔓延しています。この場所は稲荷川です。天狗巣病に罹患した真竹は多数の節をもったつる状になり、多数の病枝が集まってほうき状または鳥の巣状になって、節には小葉がつきます。このまま放置すれば竹林全体が衰弱し、早期に枯死すると言われています。このようになった社会的背景には、かつて、マダケやハチクは竹材・タケノコ生産に不可欠でした。以前からてんぐ巣病の発生が問題になっていたようですが、適切な管理された竹林では、罹病竹が間引かれるなどして、被害はある程度まで抑えられていました。しかし、近年、竹材製品やタケノコは安い輸入品に置き換わったため、竹林はあまり利用されなくなりました。更には、竹林を管理する人達の高齢化が進み竹林は半ば放置されルようになりました。こうした社会的背景によって、天狗巣病が蔓延したと考えられます。

| 16:41 | 投稿者 : ushiku |
牛久の第四の開拓地、岡見が原開拓地

 

ここは岡見町の田園風景です。今でも広大な田園が残されています。牛久市には明治期の女化開拓、戦後の奥野開拓、成美開拓という三つの開拓が知られていましたが、明治初期に、「岡見が原開拓」という新しい史実が見つかりました。この土地は従来荒蕪地で、手つかずの荒れ地が広がっていました。荒蕪地とは土地が痩せ、穀物、蔬菜栽培にそぐわない、更に穀物の価格が安く、収支が償わないという時代でした。しかし、物価は騰貴し、生活は困難を極めていました。このとき、旧藩の失業した藩士たちは革命以来侍としての職を解かれ、家禄を奉還して資本金を拝受し、農商業に従事してましたが、そもそも薄録の上に慣れない事業なので以来十余年を経た今日でも生活の目処が立ちにくい。対策として現今の物価高に乗じて開墾し農牧畜業を営み生計を立てたい。この件については旧藩士の間で相談し旧藩主(牛久藩12代藩主山口弘達)も賛成している。ついては、1反歩につき25銭の地代で10年間拝借(国に)し、成功のうえ地価を上納し地券の交付を受けたい。と新政府に懇願しました。その発起人の一人に、日本画家小川芋銭の父、小川賢勝がいました。岡見が原開拓はその後紆余曲折がありましたが、広大な農地は農民に払い下げられました。

岡見が原開拓地は、現在の岡見町、福田町、小坂町の三町になります。

| 21:26 | 投稿者 : ushiku |