月と金星のRendezvous

 

今朝は夜明け前の東の空で、細い月と金星が並んで輝く様子が観測されました。今年初めての天体ショーでした。

金星は地球から見て太陽と近い方向を動くため、時期によって日の出前の東の空、もしくは日没後の西の空に見えます。日の出前の東の空に見える時は「明けの明星」、日没後の西の空に見える時は「宵の明星」と呼ばれます。明星の名の通り、多くの時期において、地球から見て太陽、月に次いで3番目に明るく見える天体です。金星は今年の初夏の頃までは日の出前の東の空に見え、その後は太陽と近い方向に位置するためしばらく観測しづらくなり、次は冬頃に日没後の西の空で見られるようになります。今朝は夜明け前の東の空で、細い月と金星が並んで輝く様子が観測されました。写真は地球照の月と金星(右下)です。撮影時間午前6時21分

 

| 15:01 | 投稿者 : ushiku |
生きた化石の並木道

 

きれいに黄葉したメタセコイアの並木道。ここは、シャトー通りの終点付近で近隣公園脇です。特に今日は強い季節風が吹き荒れましたので、タセコイアの葉が道路にオレンジ色に降り積もっていました。ここはヘルスロードNo.9、「シャトー通り散策コース」になっています。メタセコイアとは、スギ科メタセコイア属の落葉樹で一属一種。化石植物として知られていましたが、1945年に中国四川省で現生種が発見され、生きた化石と言われるようになりました。生長が早く、世界各地で公園樹や街路樹として栽植されています。高さ35メートル、径2メートルに達するような巨木になります。

| 17:31 | 投稿者 : ushiku |
ブリアントヴィルうしくがスタート

 

第13回ブリアントヴィルうしくが雨の中に輝いていました。ブリアントヴィルとはフランス語の「輝きの街」から名付けられたそうです。今年は、「里山と水の輝き」をテーマに牛久駅の周辺をイルミネーションで飾られます。点灯式は12月2日(土)17:00からJR牛久駅東口広場にて行われました。点灯期間は2018年12月1日(土)〜2019年2月17日(日) までです。

| 21:51 | 投稿者 : ushiku |
柏田川の源流

 

この写真は何処でしょうか? 準用河川柏田川の僅かに残る源流です。奥の石垣の上はJR常磐線の線路です。ここは、マップで見ますと、写真奥側が東になります。そして場所は田宮跨線橋の北側、この写真の手前側はマンションのコルサム牛久です。グーグルマップで見ますと、この場所がブルーで塗りつぶされています。写真の左側右側も調整池で、右は豊かな水を湛えています。田宮町に住む長老の話によると、昔は(時期不明・昭和20年代か?)、常磐線の下を柏田川が流れ、常磐線は川の上に架けられた鉄橋だったといわれています。それを裏付けるため、明治14年陸軍省測地部が発行した拙速即図という地図を確認しました。すると、長老の話を裏付けるように、柏田川の源流がこの辺にあったことが分かりました。この場所の西側延長線上には国道6号です(具体的な場所は、お住まいの方に迷惑がかかりますので明記しません)。明治期の柏田川は、この付近を源流とし、日本鉄道海岸線(現在の常磐線)を潜り抜けて、現在の眼鏡市場から洋服の青山を斜めに横切り→牛久シャトーの裏→近隣公園(明治期の溜池、神谷傳兵衛も利用)→市役所分庁舎→県道272号線(通称ふれあい通り)を横切り→中央図書館の南側を通過→東洋大牛久高校の下を通過→小野川に注ぐ小さな河川です。現在の柏田川は、この写真の先から暗渠になっており、県道272号線を越えてから川が顔を出します。

| 17:44 | 投稿者 : ushiku |
静かに眠る岡見小学校記念碑

 

何処にでもありそうな石碑ですが、貴重な歴史が刻まれていました。国道408号線と県道48号線岡見交差点に近く、住宅地の中に埋もれるように建っていたのは「岡見小学校記念碑」でした。碑文には、

明治8年  この地に岡見小学校が創立される。

明治19年 岡見尋常小学校と改称、4年制の独立校となる。

明治22年 市町村制施行。岡田村誕生。岡田尋常小学校と改称。

明治41年 小学校令一部改正。義務教育6年制となる。

明治43年 岡田第一(柏田)、岡田第二(下根)、岡田第三(岡田)

      岡田第四(女化)は尋常小学校と改称。

大正7年  学内各戸よりの寄付により、教室裁縫室の増築並びに石門の建設がされる。

昭和13年  四校は統合され、岡田尋常小学校に。その内第二と第四は四年生までの分校となる。

以下本文省略  この石碑は、平成3年3月31日 牛久市教育委員長 森ヶ崎正男撰文 とありました。

 

 

| 15:26 | 投稿者 : ushiku |
晴れのサイン・放射霧

 

このろころ小春日和が続いています。しかし、今朝は濃霧で交通機関にも影響がでたようで、朝9時頃まで霧は晴れませんでした。この霧は、放射霧というタイプの霧で、昨日までの雨の影響もあって湿った空気が残っているところで、上空では天気が回復。晴れて放射冷却で冷え込んで、湿度が高くなって霧が発生してしまったと考えられます。このタイプの霧は晴れのサインです。お天気も今日まで、今夜から低気圧の通過に伴って、明日の明け方まで雨のところが多くなりそうです。その後移動性高気圧の接近に伴って、お天気は回復しますが、緩やかな西高東低の気圧配置になり、気温は下がるでしょう。

| 15:47 | 投稿者 : ushiku |
古くからのしきたり「木守り」

 

移動性高気圧に覆われた日本列島は素晴らしい天気になりました。先日の二十四節気「小雪」を過ぎ、急速に冬に向かっているようです。木々は冬枯れの状態になりましたが、よく見ると、リンゴやカキ、ミカンなど果実が一つ付いているの見かけます。これには色々と意味がありました。一つだけ付けておくのを「来年もたくさん実がつきますように」と一つだけ付けておく風習が残っています。その実を「木守り」と呼び、最後に残ったものから「木名残り」(きなごり)とも呼びます。この写真の柿は「木守り柿」とも呼びます。何気ない風景にも色々と意味がありました。

| 12:03 | 投稿者 : ushiku |
高齢社会の空き家問題

 

高齢社会の大きな課題、空き家の問題が俄にクローズアップしてきました。先日の相次ぐ台風で完全に崩壊した家屋です。左の家も空き家で中央の崩壊した家屋が二軒並んでいました。空き家になってかなり年月が経過していたようで、台風によって見るも無惨は姿になってしまいました。左の家も右に傾いていますので、崩壊も時間の問題かもしれません。今年は台風24号で塩害をもたらし農作物、街路樹も大きな被害をもたらしました。その後、台風25号の風台風で各所の空き家に大きなダメージを与えました。この場所は牛久市の隣町です。

| 17:17 | 投稿者 : ushiku |
人しか通れない市道

 

人間しか歩けない市道があります。急な坂道ですが、手前が台地の上。奥側が谷津の低地となります。この道は下側が広く、車も入れそうな錯覚を覚えるのでしょうか、迷い込んだ車が苦労して後退していく情景をたびたび目にします。あるとき、パトカーや宅配便が迷い込んで苦労していることがありました。この市道を歩いていると、青森県・津軽半島の最北端に位置する竜飛岬の階段国道(国道339号)を思い出しました。ここには国道でありながら車もバイクも通れず、歩行者しか通れないという通称「階段国道」と呼ばれる区間があります。本州の果てとも呼べる地に、観光名所にもなっているヘンテコな国道でした。(田宮町)

| 18:27 | 投稿者 : ushiku |
「夕焼けは晴れ」の真偽?

 

「夕焼けは晴れ」という天気俚諺(天気のことわざ)が昔から言い伝えられてきました。本当に夕焼けは翌日晴れになるのでしょうか。実は、春と秋は本当に晴れることが多く、夏と冬にはあまりこの諺は当たらないそうです。夕焼けは西の空にできますが、赤く見える原因は、夕方になると太陽の光が大気中を通る距離が長くなり、青い光は途中で散乱され、地上には赤い光だけが届くためです。西空に雲がたくさんあると、赤い光も届きませんが、西側に雲の無い晴天域があるときにはきれいな夕焼けになります。春と秋は低気圧や高気圧が西から移動して、西側から天気が変わるため、このことわざがよく当たります。一方、夏は西風が弱く、冬は季節風などの影響などにより、西から東に天気が変わることが少なくなるため、この諺があてはまらないことが多くなります。今日の夕方発表された天気図を見ますと、明日は小さな移動性高気圧が列島を通過するため明日いっぱいは晴れ。月曜日は下り坂になります。

| 18:33 | 投稿者 : ushiku |