法律で「里道」を何て読ませている?

 

里山の中に続く「里道(さとみち)」。この道ができる前は「獣道」だったかもしれません。この道は道路としてどのような位置づけになっているのでしょうか? ここで改めて、里道って何て読みますか?「さとみち」とか「りどう」と読み方はいくつかあります。法律上は、「りどう」と読ませます。里道(りどう)とは道路法の適用のない法定外公共物である道路であり、公図(法務局が管理する土地の台帳)上では、赤線で書かれているので”赤線”とか”赤道”とか言われています。これらの道は遥か昔、獣道として動物が往来する道であったはずです。その獣道を人間が利用するようになって、里地での重要な「里道(さとみち)」になりました。簡単に言えば、里山の里道(さとみち)も田んぼの間のあぜ道も誰の所有物でもなく、そのまま、太くなって道路になったものもあります。そして時代は遡り、現代では道路法で「里道(りどう)」と読ませています。

| 18:17 | 投稿者 : ushiku |
二番穂の錦秋

 

秋に刈り取りの終わった稲の切り株から出てくる稲穂を「二番穂」と呼び、秋に温暖な天候に恵まれれば再び稲穂を実らせ、 そのお米を食べることもできるそうで、味や食感は劣りますが昔はそれが庶民の大切な食料になっていたとのことです。稲は栽培品種としては1シーズンで刈り取ってしまうため、春に芽を出し秋に枯れる 一年生植物のように思われますが、もともとは熱帯地方で何年も枯れずに生きる多年生の植物であるため、 刈り取られてもまた株から芽が出て再び成長を始める性質があるそうです。

| 21:06 | 投稿者 : ushiku |
稲刈りの終わった田んぼに不思議な模様

 

田んぼアートという言葉がありますが、写真の不思議な模様が気になります。稲刈りは9月の初めにほとんど終わっていましたが、この田んぼは10月初めと一月遅れて行われました。そして、残った模様が写真のようになっていました。稲刈り機は真っ直ぐに刈り取るはずですが、模様はカーブしていることです。稲刈り機の機能はよくわかりませんが、どのように刈り取るとこの様な模様になるのか、稲刈りが行われた10月の初め、見ていれば良かったと思います。

| 14:21 | 投稿者 : ushiku |
管理されていない民俗遺産

 

都市化が進んだ牛久の市域ですが、ちょっと農村部に入ると、石仏等(石柱、道標、石仏)が見られます。どの石仏を見ても、地元では大事に守ってきた民俗遺産という大事なものであろうと思います。でも、殆どが保護されていません。大事な民俗遺産がいつの間にか行方不明になる前に、市内すべての石仏の棚卸しをして、後世に残す策を講ずるべきではないでしょうか。これまでに幾つかの行方不明になった石柱があります。田宮町にあった道標で、「牛久停車場まで××町」という道標は宅地化で不明。また、岡見町にあった同じく、牛久駅までの道標はいつのまにか不明。新地町の降下神殿に弘化新田に現存しますが、小さな石仏が市道沿いの破棄物に埋もれそうになっているのを見ますと、本当に残念でたまりません。

| 20:22 | 投稿者 : ushiku |
続々と出現する落花生ぼっち

 

市内で続々と出現する「落花生ぼっち」。牛久の秋の風物詩です。落花生ぼっちとは、収穫した落花生を乾燥させるために作られる、円筒状の塊、ボッチ、ボッチ積み、豆ボッチ等々呼び方はたくさんあります。ぼっちを使った乾燥は、産地での長い栽培経験から生み出された日本独特のものです。収穫(掘り取り)を行ったばかりの落花生は実の半分ほど(40 - 50 %)を水分が占め、そのままでは腐ってしまいます。落花生は掘りたての状態で茹でて食べることもでき、美味とされますが、生の落花生は1日で味や硬さが変化するので、冷凍食品以外では一般の流通に乗せることができません。通常は乾燥を行う必要があり、栽培面積が小さければ、収穫してすぐ鞘(さや)から実を取り出して筵(むしろ)に広げて干す・掛け干しにする・網袋に入れて風通しの良い軒下などで吊るし干しにする・という方法を採れますが、栽培面積が大きい場合は労力や資材の面でこれらの方法を採ることは困難です。そこでぼっちを作って干すという作業が行われるようになりました。

| 17:24 | 投稿者 : ushiku |
立秋・七十二候(末侯)「水始涸」

 

今日は二十四節気「秋分」の七十二候(末侯)「水始涸」(みずはじめてかるる)です。稲穂の実りの季節。田んぼの水が落とされて涸れる頃とされます。秋風に黄金色の稲穂がさわさわと揺れる眺めは、日本ならではの情景です。雷が鳴りやみ、虫は冬支度をはじめ、田んぼの水は抜かれ、次の節気に移ります。

でも、暦と現実は大きく異なります。温暖化は日本の暦まで狂わしてしまいました。現代の農業では、水を落とすのは出穂(8月始め)の後25日で落水です。田に水があると、大型のコンバインなどの大型機械が入りません。農業も近代化によって暦も大きく変わりました。なお、稲刈りも落水後1〜2週間後には終わっています。

| 15:17 | 投稿者 : ushiku |
台風15号にも負けなかった蕎麦畑

 

残暑の厳しかった9月も最終日。10月はどの様な月になるのでしょうか。「蕎麦はまだ 花でもてなす 山路かな」(松尾芭蕉 )  白い小さな小花を咲かせ、三角錐の実をつける蕎麦。花は夏にも咲きますが、季語の上では秋の花です。また、その年の秋に収穫した蕎麦の粉で打ったものが、新蕎麦。寒冷で痩せた土地のものの方が味、香りともに良く、しみじみと季節を味わえます。その蕎麦が、先日の台風15号で大きなダメージを受けましたが、見事復活、真っ白な花を畑いっぱいにつけてくれました。この状況から本格的な秋の到来を強く感じます。この場所は、女化町のそば畑です。9月9日の台風15号(当HP既報)で暴風に壊滅的な状態にあった畑ですが、見事に再生し、真っ白なそばの花が満開になっていました。

| 20:10 | 投稿者 : ushiku |
今年も出現・牛久の秋の風物詩

 

牛久の秋の風物詩、落花生ボッチがニョキニョキと出現しています。落花生ボッチとは、掘り起こした落花生を積み上げてボッチ状にしたものです。夏が終わり、秋も深まる頃、掘り取った落花生の莢に付いた土を振るい落とし、莢実の付いた方を上に向けて畑で1週間ほど自然乾燥させます。その後、野積みにしますが、ボッチは人の背丈ぐらいの高さでボッチと呼ばれており、莢実の水分が10%程度になるまでの約1ヵ月間乾燥させます。この光景は落花生生産地独特の秋の風物詩です。落花生の生産量トップは千葉県ですが、第二位は茨城県で、特に牛久の女化地区は生産量が市内トップです。

| 16:03 | 投稿者 : ushiku |
籾殻焼きの風景もいずれ消滅

 

稲刈りの終わった田んぼでは、籾殻を焼く風景が見られます。籾殻を燃やすことで籾殻燻炭にして、土壌改良に利用しました。しかし、都市化が進むと、裸火が火災の原因にもなることから、この風景もだんだん少なくなってきました。もみ殻燻炭は、籾殻と同じ機能のほか、 pH(土壌酸度)の改善(酸性土壌を中和させる)、微生物活性が期待できます。この風景も日本の原風景の一つでした。稲刈りの終わった田んぼには「小田がけ」と呼ばれる刈り取った稲を束にして藁で縛り、竹で組んだ櫓に掛けて稲を天日で乾燥したものです。それも農業の機械化が進むと、刈り取って即籾にしてから、乾燥機で乾燥するという早業で、人手がかからなくなりました。こうして日本の原風景は次々に消えていきます。

| 14:06 | 投稿者 : ushiku |
牛久でも秋の七草が咲きそろった

  

 

牛久市内で、秋の七草が咲き競いました。秋の野に咲く代表的な花を数え上げた秋の七草。万葉の時代から、現代に至るまで幾人もの人が、様々な秋の七草を数え上げてきましたが、万葉集(第八巻)に詠まれた山上憶良のこの七草を越えるものは現れなかったように思われます。「秋の野に咲きたる花を指折り(およびおり)かき数ふれば七草の花。萩の花、尾花、葛花、撫子の花、女郎花また藤袴、朝貌(あさがお)の花」これが秋の七草です。左上からヤマハギ、クズ、カワラナデコ、オバナ(ススキ)、オミナエシ、フジバカマ、アサガオ(キキョウ)

| 20:05 | 投稿者 : ushiku |