猛威を振るう真竹テングス病

 

褐色に見えるのは「テングス病」に冒されたマダケです。タケの病気の中でもっとも一般的なのが「テングス病」です。この病気は、マダケなどに顕著な被害が見られ、近年日本各地のマダケ林に猛威を振るい、竹林の衰弱が急速に進んでいます。この病気は胞子によって蔓延するものですから、蔓延速度は速く、これに冒されると枝は短期間に徒長し始め、 あっという間に枝が房状に異常繁殖して葉が無くなってしまうという恐ろしい病気です。このテングス病は昔からありましたが、 近年、これが全国的に蔓延し、まさに手が付けられない状態になっています。テングス病は「活力を失った竹林で発病する病気」とされ、人間が適度に関わって管理されてきた里山が、人々の高齢化によって山の管理が滞り、竹林も雑木林も荒廃が進み、その隙を狙って病原菌の侵入を許してしまったようです。

| 17:16 | 投稿者 : ushiku |
薫風にしっかりと耐える早苗

 

今月の初めに田植えされてから間もなく一月になろうとしています。早苗は田にしっかりと活着し、薫風に耐えていました。今日は二十四節気「小満」の七十二候(次候)「紅花栄(べにばなさかう)」となりました。紅花の産地・山形での紅花の開花時期はもう少し先のようですが、アザミに似た可憐な花々が、黄色から次第に赤みを帯びていきます。季節は既に夏、梅雨前線が日本列島の南に停滞していて、今日は九州地方南部で梅雨入りが宣言されました。平年よりも五日早いと言うことです。

| 16:23 | 投稿者 : ushiku |
静かに佇む女化神社奥の院

 

ここは女化神社奥の院です。女化神社(龍ヶ崎市飛び地)から630mのところに女化神社奥の院(牛久市女化町)があります。殆ど訪れる人もなく、木立の中に寂しく、石碑が佇んでいます。中央の左にある黒い石碑に歴史的価値があります。女化の地は、不毛の大地と呼ばれ、作物を作ることは至難の技でした。当時の内務卿大久保利通の指示を受けて、旧土佐藩士の「津田出」(つだ いずる)が女化開拓に乗りだしましました。しかし、当初計画通りに進まず、女化開拓は挫折。その後、広大な農地の一部を神谷傳兵衞と、竹内綱(元吉田茂総理大臣の父)が取得、更に徳島から移住した農民に払い下げられました。その後、苦労の末に女化の開拓が進みました。そして、開拓も順調に進んだ時、開拓の成功を祈念して開拓民が建立した石碑が残されています。写真の中央左にある縦長の石碑です。五角形の珍しい石柱ですが、台座には47名の農民の名前が刻まれています。

| 19:03 | 投稿者 : ushiku |
小満の日は麦生日といふ

 

梅雨入り前の爽やかな天気が続きます。梅雨前線は東に遠ざかり、今日も爽やかな一日になりました。今日は二十四節気「立夏」後15日目の節気「小満」です。江戸時代後期に著された博物誌「改正月齢博物筌」には、「小満の日は麦生日(ばくしょうび)といふ。晴天なれば、麦大いに熟す」とあり、万物が長じて満ちてくる頃と言われています。梅雨前線が見え隠れしています。今年はただの梅雨ではないのではと危惧しています。火山、地震、台風、猛暑、豪雨などなど、異常気象のトリガーとなる気象の変化には目が離せません。

| 15:56 | 投稿者 : ushiku |
キジの母衣打ち

 

里山や市街地周辺の畑地でキジの母衣打ちが見られます。キジは繁殖期に自分の縄張りを誇示するため、約5分間隔で「ケンケーン」と絶叫します。雄叫びと同時に「母衣打ち」(ほろうち)という動作をします。母衣打ちとは騎馬武者が敵の矢から身を守るため鎧の背につける幅広の布。流れ矢を防ぎ、また、旗指物の一種としても用いられました。平安時代には単に背に垂らし、時に下端を腰に結んだが、のちには竹籠たけかごを入れた袋状のものとなりました。キジの動作は、鳴くと同時に両翅を広げて胴体に打ちつけてブルブル羽音を立てる動作を母衣が風にはためく音に例えたものだそうです。この動作を「キジの母衣打ち」と呼びます。

 

 

| 18:04 | 投稿者 : ushiku |
田植えの季節2

 

牛久市の田植えが始まりました。ゴールデンウイークに田植えした稲は、3ヶ月後の8月初めには「出穂」(穂が出る)を迎え、それから一月後の9月初めには稲刈りとなります。農家の方々は、誠心誠意米作りに心血を注ぎます。しかし、稲の天敵病害虫の、いもち病、ばか苗病、紋枯病、トビイロウンカ、斑点米カメムシ等々には十分注意しながら稲の結実を見守ります。これらの情報は、農水省や県から病害虫予察情報や発生情報が適宜出され、慎重な米作りが行われます。

| 21:14 | 投稿者 : ushiku |
田植えの季節

 

ゴールデンウイークの最中、田植えが始まりました。牛久周辺の田植えは例年通りこの時期に始まります。家族総出での田植えになります。田植えまでの作業工程は、[田起こし−畦塗り−田こなし−荒代掻き−本代掻き]で田植えの3日前に本代掻きが行われ、田植えとなります。写真は、横方向に作業工程が違っています。田植えの済んだところ、荒代掻き、本代掻き、畦塗りのところなど工程がそれぞれずれています。田の持ち主が違うのでしょう。でも今週末までには全て田植えは終わりそうです。

| 17:09 | 投稿者 : ushiku |
春雨が百穀を潤す季節

 

今日は夏日になりました。日本列島を移動性高気圧に覆われ青空が広がりました。俳句の季語に「山笑う」というのがあります。「花がほころび、草木が芽吹き、生き生きした山を表現する」で、新緑の里山が笑っているように見えます。昨日は二十四節気の「穀雨」でした。穀雨とは、春季の最後の節気になります。春雨が百穀を潤すことから名づけられたもので、雨で潤った田畑は種まきの好期を迎えます。この時季に、特に雨が多いというわけではありませんが、穀雨以降、降雨量が多くなり始めます。例年ですと菜種梅雨の時期ですが、今年は異常に雨が少なく感じます。「清明になると雪が降らなくなり、穀雨になると霜が降りることもなくなる」という言葉があるように、昔から、この日を境に田植えの準備をする目安でした。牛久では、水田の田起こしが既に終わり、代掻きを待つばかりです。

| 20:18 | 投稿者 : ushiku |
山笑ふ季節

 

再びお天気は下り坂になりました。今日はオホーツク海に台風並みに発達した低気圧があり、日本列島のお天気を愚図つかせています。この時期の木々は芽吹き、草は萌え出し、山は瑞々しい命で満たされるようになります。そんな春の山は、遠くから眺めると、おおらかさ、やわらかさ、そして艶やかさを帯びています。冬の、鎮まり落ち着いた印象からは一変しているのがお分かりでしょう。そんな山の様子を「山笑ふ」と表現します。

| 17:22 | 投稿者 : ushiku |
ここにもあった歴史遺産(7)

 

牛久市井ノ岡町にある「稲荷塚古墳群」の一つです。当HP4月2日掲載の4号墳の北側にある一基で、余り管理がされていません。古墳の上部にはヤマザクラが満開を過ぎ花は散りだしていました。4号墳とともに立派な歴史遺産です。牛久には古墳時代の貴重な歴史遺産が沢山あります。大切に保存を考えてほしいですね。

| 19:28 | 投稿者 : ushiku |