道路法適用外の里道

 

「里道(りどう)」という言葉を聞いたことがありますか? 道路は、明治9年、太政官布告第60号により、その時点で通行に用いられていた道状の土地は、その重要度により「国道」「県道」「里道」に分類されました。その後、大正9年の旧道路法施行により、里道のうち重要なものは旧道路法が適用される道路である「市町村道」として認定されましたが、重要でない里道は、旧道路法が適用されない、国有財産法上の公共用財産として管理されることになりました。昭和27年には現在の道路法が施行されましたが、重要でない里道は、国有ですが道路法の適用を受けない道として、財産としての管理は県、機能面の管理は市が行ってきました。平成17年4月1日以降は、地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律による国有財産特別措置法の一部改正に伴って、市町村が申請すれば、実際に道路としての機能を有している里道は、市町村の財産となりました。ただし、道の機能が失われており、今後機能回復を必要とする見込のない場合には、そのまま国(財務省)が管理することになりました。道路法が適用される国道・県道・市道のように、法律が適用されるものは「法定公共物」と言いますが、里道は道路法が適用外という意味で、「法定外公共物」と呼ばれています。里山の中にはこのような道路がたくさんあります。

| 17:16 | 投稿者 : ushiku |
薫風になびく早苗たち

 

牛久の田植えはほぼ終了しました。田植えしてから三日もすれば、早苗は根が活着し、しっかりと薫風に耐えています。田植えの終わった情景をこまめに観察してみると、まっすぐに植えられた美しい田んぼと、そうでもない田んぼがあります。これは機械のせいなのか、オペレーターのせいなのかは分かりませんが、ものすごい差があります。ただ、綺麗、汚いという感覚での判断は不要です。要は豊作であれば良いわけです。でも、田植えの終わった田んぼの光景は「日本の原風景」と言っても過言ではありません。(稲荷川土地改良区)

| 19:42 | 投稿者 : ushiku |
孟宗竹根絶に期待

 

孟宗竹の放置竹林が社会問題になっています。地すべり等土地の崩壊を招くというのが大きな問題です。更には管理が行き届かず、宅地まで侵入する竹。竹は利用価値がないためなのでしょうか。春先のタケノコのシーズンが過ぎると、後は何の役にもたたまない。更には竹林の所有者が高齢化してかなりの労力を費やす竹林の管理は滞ったまま放置されています。最近、「竹の1メートル切り」が注目されています。竹を枯らすには1m切りをする時期が重要なポイントになります。12月から翌年2月にかけては竹が水を吸い上げなくなる冬眠時期。その間に1mの高さで切られると、竹は切られたことに気づかず、春になると旺盛に根が水を吸い上げてしまうようです。その証拠に、1m竹の切り口をのぞいてみると、切り口から溢れた水が溜まっています。竹はピーク時には一日に2〜3mも伸びるほど生長スピードが速く、グングンと伸び続ける竹が全身に水を巡らすには相当な吸水力があるはずです。切られたことに気がつかない1m竹は、春にそのままの勢いで水を吸い上げ、オーバーフローしてしまいます。結果、次第に根や地下茎の養分まで使い果たし、一年も経つと根っこもろとも枯れてしまうということです。出典:「現代農業 特選シリーズ 竹の徹底活用術」

| 17:26 | 投稿者 : ushiku |
新緑が眩しくなる季節

 

今日の日本列島は移動性高気圧に覆われるため、全国的に爽やかなお天気になりました。5日の立夏を過ぎ日毎に力強さを増していく新緑が目にも眩しくなる季節です。新緑を眺めると条件反射のように「目に青葉  山時鳥  初鰹」のフレーズが浮かびます。江戸中期の俳人、山口素堂の句です。ホトトギスは夏とともにやってくる渡り鳥。初鰹は初夏、黒潮に乗って北上するカツオ。初夏の風物詩を並べるというシンプルさが心に響き、来たる夏に心躍る気持ちは同じなんだと、なんだかうれしくなりますね。(新地、稲荷川外提)

| 13:49 | 投稿者 : ushiku |
佳境に入った田植え

 

田植えの季節がやってきました。田植えはできるだけ早く作業を終えることを要求されたことから、労働力を提供し合う「結(ゆい)」(相互扶助の精神)といった協同作業で行なわれました。「結」は家を越えた結びつきですから、配偶者を選ぶ機会の少ない昔においては貴重な場でもあり、それで田植えで歌われる「田植え唄」には男女間の恋愛感情を歌った内容を含んだものも多いようです。しかしもとはといえば「田植え唄」は神事唄の色合いが濃く、田の神を迎え、その加護と恩恵を願うという神事性の強いものでした。陰暦五月のことをいう「皐月(さつき)」、田植えをする女性をいう「早乙女」、田植えに用いる稲の苗をいう「早苗」の「さ」は、この田の神を示すものだといったのは国文学者の柳田国男でした。多くの時間を費やして行った田植えも、機械化が急速にすすみ、1反(約10アール)当たり1人30時間も要していた作業も2時間ほどで終えるようになるとともに、田植え唄はもとより田植えの神事的な色合いはすっかり払拭されてしまいました。

| 15:39 | 投稿者 : ushiku |
田植えが始まった

 

牛久は五月のゴールデンウイークに一斉に田植えが始まります。でも今の米作は文明の利器が使えるため、本当に楽になったようです。田起こし、代掻きはトラクターで一気に。そして田植えも田植え機で、あっという間に田植えは完了です。昔の家族総出での手植え(田植え)が想像できません。田植えが終わり、気候も良ければ、8月初めには「出穂」、9月初めには「稲刈り」となります。稲にとっての不安材料は、いもち病と紋枯病の他、カメムシ類、ウンカ類の害虫が収量に大きく影響を及ぼします。今年も豊年満作でありますよう祈るばかりです。

 

 

 

| 17:16 | 投稿者 : ushiku |
古(いにしえ)の時代にタイムスリップ

 

市内某所の古民家にお招きいただきました。平屋の古民家ですが、県内某所から移築したそうです。元は豪商の邸だったとか。招かれましたこの部屋は、時々伝統に沿った茶会が行われているそうです。金色の屏風には、聖徳太子第十条が書かれていました。第十条とは、「こころいかりをたちおもていかりをすてひとのたがふをおこらざれ……。」

訳文「心に憤りを抱いたり、それを顔に表したりすることをやめ、人が自分と違ったことをしても、それを怒らないようにせよ。人の心はさまざまでお互いに相譲れないものをもっている。相手がよいと思うことを自分はよくないと思ったり、自分がよいことだと思っても相手がそれをよくないと思うことがあるものだ。自分が聖人で相手が愚人だと決まっているわけではない。ともに凡夫なのだ。是非の理をだれが定めることができよう。お互いに賢人でもあり、愚人でもあるのは、端のない鐶(リング)のようなものだ。それゆえ、相手が怒ったら、むしろ自分が過失を犯しているのではないかと反省せよ。自分ひとりが、そのほうが正しいと思っても、衆人の意見を尊重し、その行うところに従うがよい。」と訳されるそうです。この屏風が何時の時代のものか分かりませんが、まるでタイムスリップしたような気分になりました。松戸市の徳川昭武邸や常総市の坂野家住宅に匹敵するような豪華なお屋敷でした。

| 16:36 | 投稿者 : ushiku |
田植えに向けて急ピッチ

 

今日から農業用水の送水が始まりました。こちらではやや遅れて田起こし。そして、肥料をまいて代掻きと田植えに向けて急ピッチで進んでいます。牛久の田植えは殆どがゴールデンウイークに行われますので、もう時間がありません。でも現代の米作りは文明の利器がありますので、一町歩の田んぼでも、簡単に処理できます。五月の初めには早苗が薫風に靡く光景が見られるでしょう。(稲荷川土地改良区内)

| 15:31 | 投稿者 : ushiku |
稲荷川の一番美しい場所

 

長閑な里山の風景です。ここは、つくば市の高崎地区、高崎自然の森付近の稲荷川です。稲荷川はつくば市の小野川小学校付近の国道354号近くで小野川と分岐し、小野川は国道468号(圏央道)に沿って稲敷市の古渡から霞ケ浦に注いでいます。もう一方の稲荷川は分岐から本流のような姿になって牛久沼に注いでいますが、流域の風景は著しく変化します。高崎地区までは学園都市の中を人目につかないような姿で流れ、高崎地区から里山の風景に溶け込んだ姿になります。この美しい景観は1kmほどでしょうか。この先、城山地区から牛久市内の刈谷橋までが、深い谷状で、刈谷橋から下流は稲荷川土地改良区の水田とほぼ同レベルになって流れています。釣り人に人気があるのは刈谷橋と三日月橋の間です。

| 17:22 | 投稿者 : ushiku |
里山のグラデーション

 

昨日の大荒れの天気も回復し、今朝は眩しい朝日が射し込みました。午前5時10分、日の出から10分後の里山の夜明けです。雑木林に太陽の光が当たり、赤く燃え、その下の濃い緑の境界木。そしてネギ畑。その下が葉もの野菜と思います。まさに里山のグラデーションといったところでしょうか。この情景も一瞬で消えていきました。この場所は新地町の弘化新田でした。

| 16:23 | 投稿者 : ushiku |