ヒマワリの季節がやってきた

 

井ノ岡町のカントリーライン脇で、ヒマワリ畑を見つけました。小型のヒマワリでしたが数がまとまると圧巻ですね。梅雨が明けて真夏の太陽の花、ヒマワリが輝いて見えます。北米原産のヒマワリは、江戸時代の寛文年間(16世紀・四代将軍家綱)に渡来しました。当時は向日葵と書いて「ひゅうがあおい」と呼んでいました。渡来以降、日本の風土に馴染んだにもかかわらず、和歌や俳諧にも好んで詠まれたわけでもありません。洋花として異相の花というイメージが強すぎたため、和歌や俳諧の対象になりにくかったのでしょう。好んで詠まれるようになったのは明治以降でした。そのヒマワリの季節がやってきました。

| 16:27 | 投稿者 : ushiku |
上池親水公園の今

 

ここは上池親水公園です。市内には大きな親水公園が幾つもありますが、当初の設備が一番充実していたのがこの公園でした。しかし、十数年が経過すると、残されているのは木道だけになってしまいました。当初は水車(手動式)、せせらぎ、蛍が見られる充実した公園でした。ここは昔小野川流域の水田に水を引くための「溜池」の跡でした。

| 15:56 | 投稿者 : ushiku |
市道2154号の支道

 

今日は所用で島田町まで出かけました。ここは鎌倉街道(市道2154号)の支道です。梅雨空が続いていましたが、午後から青空も見え、爽やかな昼下がりになりました。深い木々に囲まれた山道はしっとりと静かな佇まいを見せていました。市道2154号から外れたのは道を間違えたのですが、鎌倉街道と同じような杉林を抜ける道は、古い歴史を感じました。今から840年前の治承4年(1180)、常陸北部を支配していた佐竹氏を攻撃するため、源頼朝が鎌倉から進軍した道かもしれません。

 

 

 

 

| 19:05 | 投稿者 : ushiku |
水田の定義が変わりそう

 

水田であったところがいつの間にか「蓮田」に変わっていました。水田というと稲作でしたが、その常識は覆されようとしています。

農林水産省の発表によれば、2018年度の日本の食糧自給率は37%(カロリーベースによる試算)と過去最低を記録しています。 これをおおまかに解釈すれば、日本で食べられているもののうち、37%が国内で生産されたもので、残りの63%は海外からの輸入に頼っているということになります。このままでいいのでしょうか。異常気象の頻発する昨今、食料自給率はもっと上げなくてはならないかと思います。この環境の急変は、農業従事者の高齢化も大きく影響しているのかもしれません。国は数字を示すだけでなく、農業の実態をもっと把握して、それに対する対応を考えてほしいと思います。

| 20:24 | 投稿者 : ushiku |
歴史の中に流れる小野川

 

ここは中根地区の小野川です。小野川は江戸時代中期ごろから、小野川水運で年貢米や薪炭の運搬に活気があった川でした。当時は物流の要衝でしたから、川幅ももっと広く、今とは異なっていたはずです。現在の川幅では、田舟も航行できないでしょう。それが、昭和に入ってから筑波研究学園都市ができたころ、つくば市の小野川(地名)で、稲荷川との分流が行われました。この分流のためかどうかはわかりませんが、稲荷川の水量は豊富。小野川は小川のようになってしまいました。写真右は国道468号(通称・圏央道)です。

| 16:40 | 投稿者 : ushiku |
拡大する耕作放棄地

 

牛久市内の耕作放棄が拡大しているような気がします。これまで青々としていた稲穂が、ヒメジョオン(貧乏草)に占拠された田畑は本当に寂しい感じがします。明らかに耕作放棄という感じです。写真は乙戸川沿いの水田ですが、昨年は青々とした稲が風のそよいでいたような気がします。これは牛久ばかりではなく、高齢化による要因が大きな社会問題となっています。

内閣府のホームページによりますと、以下のコメントがありました。農地面積は、主に宅地等への転用や荒廃農地の発生等により年々減少し、平成27年には449万6千ha。荒廃農地(客観ベース)の面積は、平成26年には27万6千haであり、そのうち再生利用可能なものが約半分の13万2 千ha。耕作放棄地(主観ベース)の面積は、年々増加し平成27年には42万3千ha。荒廃農地の発生原因は、「高齢化、労働力不足」が最も多く全体の23%、次いで「土地持ち非農家の増加」が16%、農産物価格の低迷が15%となっている。

国がここまで把握しているわけですから、もう少しスピードを上げて対処すべきと考えますが。

| 17:38 | 投稿者 : ushiku |
休耕地に広がるオオキンケイギクの脅威

 

北アメリカ原産の多年草「オオキンケイギク」が猛威をふるっています。市内ではひたち野うしく周辺がこの花に埋め尽くされていた時期がありましたが、ニュータウンの宅地化が進むにしたがって、減少しています。代わって市内各所でお花畑が拡大しています。この場所は小野川沿いの休耕地です。この花はもともと、ワイルドフラワー緑化としてニュータウンなどで、URによって播種されてきました。当時は合法でしたが、あまりにも旺盛な繁殖力で、生態系に影響を及ぼすことがわかると、環境省は平成18年(2006)に「特定外来生物」に指定し、生きたままの運搬や栽培、譲渡などが原則として禁止されました。そして、オオキンケイギクを繁茂させないようにするためには、種子を地面に落とさない、もしくは種子が付く前に駆除を行うことが重要とされます。オオキンケイギクは基本的に、生きたままの運搬が禁止されていますので、駆除を行う際には、根から抜いた個体を天日にさらして枯らす、または、袋に入れて腐らせるなどの処置をした後に移動させる必要があります。

| 16:22 | 投稿者 : ushiku |
低気圧の置き土産

 

今日は大荒れの一日でした。発達中の低気圧がゆっくりと北上し、東海から北日本にかけて強風と大雨をもたらしました。朝から雨、しかもコロナ自粛という辛い週末になったかと思います。この低気圧は午前9時に紀伊半島付近にありましたが、午後12時には浜松とゆっくりと進み、午後3時にはやっと栃木県足利市付近に到着。その間関東では強風雨で、屋根がめくられるほどの被害も出ました。3時過ぎには雨も小やみになり、4時過ぎには青空も見えてきました。そして、4時半、突然現れた虹です。はっきりと東の空にかかりました。しかし、移動中の低気圧の尻尾をバックにした部分ははっきりした虹でしたが、晴れている部分は虹が消えていました。久しぶりに見た、大空のページェントでした。この場所は、国道468号線(通称:圏央道)中根町付近です。

| 19:10 | 投稿者 : ushiku |
もう田植えの季節

 

柏田地区で田植えが始まりました。市内でも最も早いかもしれません。他の地区では、田起こしが終わり、農業用水を入れて、代掻きを待つばかりです。この時期田植えをすると、収穫は8月中旬になるでしょう。大型台風が次々にやってくる昨今ですから、一日も早いほうが良いかもしれません。ここは、上方の住宅地は上池台、その下が小野川です。

| 17:06 | 投稿者 : ushiku |
今や静かに流れる乙戸川

 

乙戸川は乙戸沼を水源として牛久の島田町先で小野川に合流する延長15キロメートルの一級河川です。かつて乙戸沼は水量が多く、付近は湿地帯だったため水害が多発していました。小さな川ですが、しばしば氾濫する荒れ川(今の乙戸川)が流れる地域の先の方(沖)という意味から地名が荒川沖となったようです。今の阿見町本郷区に集落があり、江戸初期に水戸道中(街道)が水害の多い地域を避けて整備されたことから、一部の人が街道沿いに移り住み、荒川沖として宿場に発展しました。乙戸川は小野川に注いでいますが、小野川はつくば市の洞峰公園の洞峰沼と同つくば市小野崎を水源として牛久市を西から東に流れ、稲敷市の古渡から霞ヶ浦に流入する一級河川です。小野川は乙戸川の他、桂川も支流となっており、江戸時代には江戸に年貢米や薪炭を運ぶ水運が開け、その水運は大正時代まで続きました。

| 19:57 | 投稿者 : ushiku |