シャトーの桜がそろそろ見頃

 

牛久シャトーの桜が一部見頃を迎えていました。この感じから五分咲き程度でしょうか。オエノンミュージアム付近の桜は開花が進んでいました。シャトーでは、現在色々な花を楽しむことが出来ます。川津桜(1本だけ)、桃、辛夷、開花したばかりの染井吉野です。染井吉野が満開を過ぎる頃、鬱金(数百種ある桜の内、花弁に葉緑体をもつ淡黄色の八重桜)、ピンクの八重の関山(かんざん)、御衣黄(数百種ある桜の内、花弁に葉緑体をもつ緑色の八重桜)と様々な桜を楽しめます。そして5月にはカラタチ(ミカン科の鋭い棘のある木)の白い可愛い花を見ることが出来ます。

| 18:24 | 投稿者 : ushiku |
牛久シャトーが桜に包まれる季節

 

牛久シャトーの本館前にピンクの桜、川津桜が咲き出しました。正門を入ってすぐ左側に1本だけあります。シャトーにはソメイヨシノ、ヤエザクラの他、ウコン(黄色い桜)、ギョイコウ(緑色の桜)と次々と咲いていきます。牛久シャトーは現在、日本遺産申請中です。是非共日本遺産に認定されることを祈っております。

| 16:55 | 投稿者 : ushiku |
8年後の傳兵衞さん

 

左の写真は当HPの2010年5月30日掲載のブログです。タイトルは「この人抜きにはシャトーは語れない」でした。あれから8年後、現在の傳兵衞さんの胸像は311以来、右の状態になっています。

八年前の記事そのまま書きますと、「1856年(安政3年)現愛知県播豆群一色町の豪農・神谷兵助の六男として誕生しました。しかし、家は没落し、天国から地獄へ堕ちたような生活が待ち受けていました。傳兵衛は幼くして奉公に出ざるを得なくなりました。8歳の時、酒の商いに興味を持ち、裕福な生活を憧れました。17歳になったとき横浜の外国人居留地で働いていたとき、原因不明の病気で倒れ、そのときの主人にブドウ酒を与えられ、しばらくして病気は完治しました。このときのブドウ酒の出会いがシャトーを造るきっかけとなったそうです。神谷傳兵衛の胸像はシャトー正門向かって右側の庭園にあります」

| 16:54 | 投稿者 : ushiku |
傳兵衞さんの胸像を発見!

 

石像がズラッと並んでいる光景は何か不思議な感じがします。ここは牛久シャトーのある場所です。この石像は神谷傳兵衞と世界の偉人の石像で、シャトーの正門を入ってすぐ右に曲がり道路との間の園路に並んでいました。ところが311の東日本大震災で倒壊し、所在不明になっていましたが、ある場所で見つけました(立ち入り禁止区域ですから近づけません)しかし、台座は寝たまま、胸像は地面の上に置かれままでした。日本遺産に申請された牛久シャトーです。遺産と関係ないものを、表に出すのは忍びないという事なのでしょうか?。シャトーにそぐわないのであれば、市内の何処かの公園などに移設しても良いのではないかと勝手に思う次第です。ちなみに、神谷傳兵衞の胸像は、右から7番目です。七三に分けた傳兵衞さんの凜々しい顔が蘇ります。

| 15:55 | 投稿者 : ushiku |
日本遺産申請が待たれるシャトー

 

今年3月10、11日にシャトーカミヤで開催した3Dプロジェクションマッピング「BONAPPÉTIT!〜ワインの街うしく〜」の中で、当市が重要文化財シャトーカミヤ旧醸造場施設の日本遺産認定を目指していることを発表しましたが、その後5月15日に牛久市長が山梨県の甲州市長と面談し、下記内容で牛久市と甲州市が共同で日本遺産申請することで合意しました。
テーマ:(仮)「日本の近代化と日本ワイン」 申請者:茨城県牛久市,山梨県甲州市(予定)

茨城県牛久市 牛久シャトー旧醸造場施設と山梨県甲州市宮崎葡萄酒醸造所

                                 (出典:牛久市公式ホームページ H29.5.24定例記者会見)

| 17:56 | 投稿者 : ushiku |
もうすぐ紅葉の季節

 

僅かですがカエデの紅葉が始まっています。本格的な紅葉はもう少し時間がかかりそうですが、部分的には色づき始めています。そしてイチョウの黄葉は早いところでは落葉、ケヤキも殆ど落葉です。真っ赤に燃えるようなカエデの紅葉も間もなく見られそうです。

| 18:54 | 投稿者 : ushiku |
呼び慣れた「牛久シャトー」が復活

 

9月1日から施設名称「シャトー・カミヤ」から「牛久シャトー」に名称が変更になりました。以前は牛久シャトーでしたが、本来の呼び方「シャトーカミヤ」に変わり、再び地元での愛称が復活したことになります。

今回、地元に呼び慣れた名称の復活には、日本遺産、世界遺産へ認定の布石では無いかと思います。正門の上に表示されたボードには、「牛久市を代表するランドマークとしての役割を担い、地元に根付いた事業を展開してまいります」とありました。

今回の名称変更に伴い、記念の特別イベントが2日間にわたって実施されます。つくばワイナリー、ドメーヌ水戸などのゲストワイナリーも出店予定とか。ワインだけではなくクラフトビールの販売も予定されています。

| 17:21 | 投稿者 : ushiku |
ワインはトロッコに乗せられて牛久停車場へ

 

ヨーロッパの中世の宮殿の中庭のような風景ですね。ここはシャトーカミヤの中庭です。明治36年に建てられ日本で最初のワイン醸造所となりました。当時は、正面の醸造工場からトロッコに完成した醸造樽が乗せられて、現シャトーから真っ直ぐ南に延びて、現在の県道牛久停車場線(ケヤキ通り)まで伸び、そこから右折して日本鉄道海岸線(当時の会社名、その後明治39年国有化・日本国有鉄道常磐線→JR東日本常磐線と変遷)牛久駅停車場まで運ばれました。その後トロッコは廃止され、その面影は待ったくありませんが、この写真の正面中央奥から手前に向かってトロッコの線路が敷かれたいました。

| 19:54 | 投稿者 : ushiku |
シャトーを世界遺産に!

 

今朝の新聞報道で。世界遺産に8遺産の登録が発表されました。今回は福岡県の古代遺跡(神宿る島)宗像・沖の島と関連遺産群が世界遺産に登録されました。国内で21件目です。素晴らしい事ですね。さて、牛久にも世界遺産の候補があります。数年前の明治の産業遺産にどういう訳か漏れてしまった、「シャトーカミヤ」です。明治36年に日本で最初にワインの醸造工場としてシャトーカミヤが建設されました。牛久には神谷傳兵衛さんの遺跡が幾つも残されています。シャトーカミヤ、蛇喰古墳の神谷稲荷、神谷1丁目にある神谷家の墓地跡、更に千葉県の稲毛には傳兵衞さんの立派な別荘があります。そしてもう一つ、浅草の神谷バーです。

写真は牛久市神谷1丁目にある、神谷家の墓地跡です。ここには傳兵衞さんの墓地がありましたが、東京に改葬され、現在は墓地跡として残されています。その墓地跡の石碑の脇にある、大きな板碑は、明治の政治家(貴族院議員・子爵)で牛久藩12代藩主の山口弘達(やまぐちひろよし)の篆額です。

| 18:21 | 投稿者 : ushiku |
世界遺産に向けての盛り上がりが必要

 

シャトーカミヤの神谷傳兵衛記念館(旧醸造場)の一階にあるワインの樽は現在も使われているのでしょうか? ワインは入っている、いないと色々と情報は錯綜していますが、シャトーは明治36年竣工ですから、既に114年が経過しています。この樽が当時のままでしたら、この樽も重要文化財ではないでしょうか。日本で最初のワイン醸造場として、重要文化財に指定され、今後、日本遺産に申請される予定です。その後は、当然世界遺産ですね。でも、まだまだ盛り上がりに欠けています。上野の西洋美術館が世界遺産に指定される前は、台東区あげての盛り上がりがありました。牛久もそろそろ盛り上がっても良いのではないでしょうか。

| 19:05 | 投稿者 : ushiku |