2019年幸運のご来光

 

明けましておめでとうございます。大晦日から一日経っただけなのに、この日の朝は、まるで心も体も生まれ変わったように感じるから不思議ですね。「一年の計は元旦にあり」と言いますように、気持ちがリフレッシュした内に今年の目標を立ててしまいたいですね。昨年は「災い」の年と言われました。今年こそ災害のない、そして、平和な世界が訪れることを祈りたいと思います。

午前6時56分(日の出6時49分)牛久沼の泊崎からご来光です。太陽の位置から右に山のように見えるのは厚い雲で、画面よりも更に右に行くと、更に高い雲堤が連なっていて、雲の位置が北にずれていたら御来光は望めませんでした。2019年は幸運のご来光と言えそうです。

| 16:37 | 投稿者 : ushiku |
平成最後の大晦日の日の出

 

今日は大晦日。そして「冬至」の七十二候(末候)「雪下出麦」(ゆきわたりてむぎのびる)です。雪の下の麦は、生命力の象徴です。冬至までの候の名にも厳しい文字が多いのですが、ここで明転し、新しい年を迎えます。今夜響き渡る除夜の鐘は108つ。煩悩の数と言われていますが、これは月の数12、二十四節気の24、七十二候の72を足した数で、一年間を表しています。よいお年を、そして初日の出を拝めますように。今年一年お世話になりました。来年もよろしくお願いします。写真は今日の午前7時2分、牛久沼を望む東林寺城址一の郭から平成最後の大晦日の日の出です。

| 20:29 | 投稿者 : ushiku |
稲荷川・薄氷を踏むがごとし

 

後一日、今年も間もなく終わろうとしています。今日の気圧配置は西高東低の冬型気圧配置になっていました。最強の師走寒波といわれる寒波がここ数日日本列島を覆いました。北国では大雪の知らせ。太平洋側ではカラカラの乾燥となっています。そして、今朝の牛久は氷点下を下回り、稲荷川が半分凍結しました。凍結と言いますと大げさですが、「薄氷を踏むがごとし」という諺がありますが、まさに諺通りいつ割れてもおかしくないような、薄い氷が張っていました。牛久周辺の河川が凍るというのは珍しいことです。例年ですと、2月でしょうか、立春の前後が雪が多くなり、気温も厳しさを増すため、降雪とともに凍結も多くなります。(午前7時の日の出直後の稲荷川・背景は新地町)

| 21:16 | 投稿者 : ushiku |
茜色に染まる牛久沼

 

16:23牛久沼の泊崎に沈む太陽です。今日の日没は、16:33ですから、日没10分前です。ほとんど雲一つない青空を茜色(あかねいろ)に染めて、太陽はゆっくりと沈んでいきました。

日本では夕日の色を「茜色」と表現しますが、茜色とは、茜草の根で染めた暗い赤色のことです。この茜色を夕暮れ時の空の形容などに用いられることで知られています。日本では太陽の色を赤系統の色で表現し、茜色が代表的な呼び方になります。しかし、昼間の太陽は赤みを感じません。欧米では太陽を表す色は赤ではなく「黄」になります。

英語の色名には、日の出の太陽の色を表す「sunrise yellow」、輝く太陽の「sunshine yellow」、「sun orange」、「sun yellow」などがあります。そして、夕映えの空の色を「after glow」、日没の色が「sun set」や「sun down」と言います。

因みに世界の国旗で太陽を象徴したデザインのものは少なくありませんが、日本とマラウイ共和国を除くとすべて、黄色つまり中天の太陽です。日本は旭日、マラウイは夕日の赤です。(出典:「色の名前」角川書店刊に加筆)

| 19:27 | 投稿者 : ushiku |
道祖神と二股大根

 

道祖神を見ると何となくほっとします。悪霊を追い払ってくれる神様だからでしょうか。道祖神は全国あらゆるところの辻に立っていて村に入ってくる悪霊を追い払うというのが、一番知られた道祖神の姿かもしれません。道祖神は、子孫繁栄、子宝祈願という万の神様かもしれませんね。そして、道祖神には、二股の野菜がよく供えられています。この二股大根は、いろいろの説があり、昔、悪霊が村に入り込もうとした時に一本足の大男の姿をした山の神が悪霊を追い払ってくださった。そのため片足神の片方の足を祀っていると伝えられています。その片足の神様が、あるとき弁天様に惚れ込んでしまい、猛烈にアタックしましたが、両足の弁天様には逃げられてしまいました。道祖神は、また何時か会えることを願って、あらゆる辻に立つことにしました。雨の日も風の日も片足で立っている道祖神に村の人たちは不憫に思い、両足で歩けるようにと二股大根を供えたということです。

(写真は新地町。左が道祖神。右の石柱は道標で、左牛久沼渡船場、右小茎村とありました)

| 17:06 | 投稿者 : ushiku |
国道6号線牛久土浦バイパス更に延伸

 

城中町から発掘された山王前遺跡(12月2日既報)から半月以上経過し、現状を見てきました。遺跡はすべて壊されて、無残な姿になっていました。これが「整理遺跡」の運命でしょうか。報告書と発掘された遺物だけが残され、遺跡は消滅します。その遺跡の直前まで迫る国道6号牛久土浦バイパスの高架の橋脚が遺跡の直前まで迫っていました。バイパスは奥側の現6号から根古屋川を新しい橋(現在建設中)を渡り、手前に向かって来ます。そして写真手前の橋脚から山王前遺跡の上を通過し、大手門近くにつながります。

| 16:06 | 投稿者 : ushiku |
古代遺跡を潰して進む国道6号線牛久土浦バイパス

 

ここは国道6号牛久土浦バイパス根古屋工区です。現在の国道6号線から超望遠レンズ1200mmで城中方面を撮影しました。軽トラックの止まっているところは当HPの12月2日掲載の埋蔵文化財の発掘調査を行っている場所です。8000平米の敷地から、縄文住居17棟、古墳時代住居7棟の跡が見つかりました。国道6号牛久土浦バイパスはこの古代遺跡を潰し、その上を通り、城中田宮線(市道)に暫定でつながり、その後、稲荷川に出るように延伸されます。

| 19:13 | 投稿者 : ushiku |
家族と離ればなれのコブハクチョウ

 

稲荷川のコブハクチョウファミリーです。5月に3羽孵化しました。孵化したばかりの雛を親鳥は子育てに没頭しました。朝になると塒から雛を背に乗せて刈谷橋付近に来て上陸し、田の畦に生えている「シロツメクサ」を親がむしり取り、雛に与える姿は子を思う親の心、人間と同じように感じました。そして、月日がたち、夏の終わり頃、雛は大きく成長し幼鳥となりました。ところが、一羽が別行動をとるようになりました。何日も何日も観察を続けているうちに、家族から1kmほど離れた場所で不明だった一羽を見つけました。しかし、その姿はやつれているように見えました。この別行動から更に一月後、別れていた幼鳥が家族に近寄ってきました。しかし、親鳥は風切り羽を膨らませ、追い払ってしまったのです。別行動の理由は分かりませんでしたが、自然界の掟のように感じたのです。幼いときから、具合が悪く親と行動がとれない雛のために、家族が犠牲になれない。体力がない(具合が悪い)子は寿命も限定されている。ということから、親は突き放したように感じました。その出来事から、しばらく姿が見えなくなりましたが、見つかったのです。幼鳥は親鳥と見間違えるほど成長し、とても元気でした。見つけたのは稲荷川から720mも離れた、刈谷調整池でした。何処に塒があるのか、ここが気に入って棲みついたのか、これからも観察を続けます。右が刈谷調整池に来た幼鳥。

| 16:53 | 投稿者 : ushiku |
明治15年、明治天皇牛久行幸で整備された臨幸道

 

ここは一般国道6号線です。場所は竜ヶ崎方向から牛久に向かっている下り車線です。左側が牛久沼。ここは今でこそ重要な幹線道路として、多くの車両が日々通過しています。この道は明治17年12月に明治天皇が牛久行幸が決定されたため、その二年前、明治15年「臨幸道」の整備に着手、当時の水戸道中(竜ヶ崎の若柴宿)は狭小で起伏が多く、馬車の通行には大きく支障がありました。そこで、現竜ヶ崎市小通幸谷村から牛久村までの新道(現国道6号)整備に着手することになったのです。その責任者となったのが、八か村連合戸長に就任したばかりの小川賢勝(小川芋銭の父)でした。この臨幸道整備に携わったのは牛久・岡見・柏田・田宮・城中・新地・遠山・庄兵衛新田などの村々からあわせて529名が動員されました。

整備に着手する前、陸軍参謀本部測量課が明治14年(1881)4月、牛久市域一帯の調査を行い、結果は「偵察録」として残されていいます。牛久市域は4月から7月にかけて、陸軍歩兵少尉雨宮知剛、陸軍歩兵少尉三戸信義が担当。雨宮少尉の記録によると、「陸前浜街道ハ東京ヨリ茨城県庁ニ達シ、延テ陸前地方に至ル国道ナリ。幅員4間(中略)牛久駅ニ人力車二十九輌アリ。牛久駅ヨリ土浦町迄乗合馬車アリ。牛久ヨリ牛久沼ニ沿ヒ、宮和田駅ニ達スル近カ道アリ(街道ヨリ十五町近シト)。ただし雨後悪泥トナル」。

牛久沼畔は地盤が悪く、大量の土砂が必要となり、その土砂は現在の牛久城址の本丸跡から採取されたと伝えられています。

 

| 15:27 | 投稿者 : ushiku |
牛久沼に天使の梯子

 

師走三日目、冬将軍も影を潜め、小春日和の続く12月です。雲間から地上に向かって幾筋もの光線が見えます。この現象を一般には薄明光線と呼び、太陽が雲に隠れているとき、雲の切れ間あるいは端から光が漏れ、光線の柱が放射状に地上へ降り注いで見える現象の俗称です。きれいな呼び名が幾つもあり「天使の梯子」が代表的でしょうか。その美しさに文豪・宮沢賢治は「光のパイプオルガン」と表現しました。さすがに文学者は違いますね。その他にも「天使の階段」「薄明光線」や「ヤコブのはしご」「レンブラント光線」など様々な名称で呼ばれることもあります。この現象は、おもに、地上から見た太陽の角度が低くなる早朝や夕方に見られます。世界中の人々の間で美しい自然現象と認識されています。(アヤメ園から西の方向、夕方)

 

| 17:23 | 投稿者 : ushiku |