悪天候をもたらした低気圧の裾を捉えた

 

午後4時14分の牛久沼(城中から泊崎方面)です。今日は曇りの一日でしたが、曇りをもたらした低気圧は午後には太平洋上に去りましたが、その低気圧の西の縁(写真上空の雲・低気圧の目は太平洋上)が見えていて、その先には高気圧の晴天域が明るく見えています。明日は移動性高気圧が日本列島を覆うため、明日は晴れの一日になりそうですが長続きしません。金曜日は次の低気圧が近づいています。目まぐるしく変わる春の天気、三寒四温。本当の春は間もなくやってきます。

| 17:47 | 投稿者 : ushiku |
コブハクチョウの兄弟、記念すべき再会

 

当HP(H31.12.11牛久沼)既報の続きです。稲荷川のカップルが5月に三羽孵化させました。孵化から三ヶ月くらいまでは家族仲良く暮らしていましたが、ある日雛の一羽が家族から離れて一羽だけ遠巻きにいる事が多くなりました。ある時、離れていた一羽が家族に近づこうとすると親鳥が威嚇して近づこうとさせません。この行動がしばらく続き、追い払われた雛は消息がわからなくなりました。その後、秋になって下田橋(三日月橋ー刈谷橋ー笹塚橋ー下田橋ー小茎橋(県道))付近で一羽でいる姿を発見。元気がありません。ほかの雛に比べるとやや小さく感じました。家族と離ればなれになった雛は未熟児のようで、野生動物は育てられないとわかると、養育を放棄するようです。この雛はその後元気になり、一羽で刈谷調整池に飛来することが多くなりました。そして四羽の家族は稲荷川の刈谷橋と三日月橋の間で見かけることが多くなりました。塒は牛久沼のようで、沼から飛来する姿をたびたび見かけました。そして昨年末、親と一緒にいた二羽の幼鳥は巣立ちしたようで、親鳥と完全に別行動を取るようになりました。この時期が巣立ちの時期になります。そして嬉しい事が起こりました。巣立ちした二羽は、もう一羽の兄弟を忘れていなかったのです。今年に入って直ぐに、三羽の兄弟は揃って刈谷調整池に毎日飛来するようになりました。三羽の幼鳥は早朝に牛久沼から、美しい羽音を響かせて刈谷調整池に飛来し、日没頃までのんびりと過ごしています。親鳥は稲荷川でも見かけなくなりました。そろそろ繁殖期にはいります。ただ気になるのは、可愛いからとパンの耳をあげる人が絶えません。「ハクチョウは草食動物ですから」と注意しても理解できない人ばかり。困ったものです。

 

| 17:52 | 投稿者 : ushiku |
「風冷え」から「底冷え」に

 

今日は日本列島を発達した低気圧が通過したため、冬型の気圧配置になり、北西の冷たい季節風が吹き荒れました。午後2時の瞬間最大風速は東京で18.5m/s、水戸で16.6m/sを記録しました。気温は10度ほどありましたが、体感温度は6度と「風冷え」の一日になりました。この風も夕方以降収まってきますが、今夜は放射冷却が強まり、「風冷え」から「底冷え」になりそうです。今日の牛久沼は白波が立ち、水鳥はほとんどが陸に上がって日向ぼっこ状態でした。

| 17:18 | 投稿者 : ushiku |
牛久沼のヨシ焼き

 

1月27日(日)、恒例の「ヨシ焼き」が牛久沼周辺で一斉に行われました。谷田川、西谷田川は午前中から。稲荷川河口付近では正午から行われました。「ヨシ焼き」とは湖沼や河川の貴重な湿地環境の保全や病害虫駆除を目的に火を入れるもので、一般的には「野焼き」とか「ヨシ焼き」といわれています。あくまでも環境保全や病害虫駆除が目的ですが、春の風物詩となっています。ヨシ焼きで有名なのは、栃木県の渡良瀬遊水池です。広さ1500ヘクタールもあり、多くの観光客が集まります。

 

| 15:56 | 投稿者 : ushiku |
牛久沼河童伝説

 

牛久観光アヤメ園の中央で、東京の方向を見つめる河童像。牛久沼が凍結する「大寒」の時期から猛暑の真夏まで厳しい気候をものともせず、アヤメ園の守り神のようになっています。牛久沼には河童伝説が残されています。河童の絵で有名な明治・大正期に活躍した日本画家「小川芋銭」の晩年の住居である「雲魚亭」の近くに、『かっぱ松』があります。この松の由来は、牛久沼に住むいたずら好きな河童が畑を荒らしたり子供を溺れさせたりと住民に迷惑をかけていました。そこで、村人たちはこらしめのため、陸で昼寝をしていた河童を捕まえ、沼のほとりに生えていた大きな松の大木にしばりつけました。河童は二度と悪さをしないと泣いて村人に訴えたので哀れに思った村人は河童を沼に帰しました。それ以来、河童は悪さを止めただけでなく沼の周囲の葦を刈り取るといった村人の手伝いまでするようになりました。改心して約束を守っている河童の心根に感動した村人は、お礼として「かぴたり餅」(川浸り餅)を造り、沼にそそぐ川へ投げ込みました。それからは、毎年12月1日に水の安全を祈る行事として餅を投げる習慣になったということです。牛久市観光協会のマスコットキャラクター「キューちゃん」は平成元年5月13日誕生。平成元年6月26日に『キューちゃん』と命名されました。
 

| 19:48 | 投稿者 : ushiku |
銀鼠色の牛久沼の畔

 

銀鼠色(ぎんねず)一色に染まった「牛久沼かっぱの小径」です。西高東低の冬型気圧配置は緩んできましたが、寒気は相変わらずです。今朝6時30分の日の出前です。辺り一面霜で真っ白。木道の上は堅い霜でザラザラの状態でした。歩いていても滑ることはなく、歩きやすい木道でした。ここは、5月のゴールデンウィークの時期に「柳絮」(りゅうじょ)が見られます。左右にある「マルバヤナギ」の花が終わると、すぐに綿毛のついた種子が飛び出します。ちょっと風がある方がいいのですが、まるで吹雪のような情景となります。浮遊した綿毛は木道の上に降り積もり、雪の後のようになります。そして、田植えしたばかりの水田は一面真っ白。牛久沼の河畔林として、ここから三日月橋まで、沼畔に見られる珍しい光景です。

「柳絮」とは、晋の時代、謝安が急に降り始めた雪を見て、この雪は何に似ているかと聞いたところ、甥の謝朗は「空中に塩を蒔いたようだ」と言い、姪の謝道韞は「白い綿毛のついた柳の種子が風に舞い散るのには及ばない」と答えたそうです。謝安は姪のことばに感心し「柳絮の才高し」と言ったという故事に基づきます。

*木道の工事で2月1日〜10日まで通行止めになります。

| 10:02 | 投稿者 : ushiku |
待たれる抱樸舎の公開

 

小説「橋のない川」で知られる作家の故住井すゑさんが、戦前から60年余り住んだ城中町の自宅と関連資料が、一昨年6月長女の犬田かほるさんから牛久市に寄贈されました。ご存じ「抱樸舎」と呼ばれ、学習会が開かれた小ホールも含まれています。市は残された原稿や写真などを整理し、2021年をめどに記念館として公開予定です。長女の犬田かほるさんは昨年1月、お亡くなりになりました。

寄贈されたのは、「抱樸舎」のほか、牛久沼を見下ろす高台に建つ木造2階建ての自宅、渡り廊下でつながった木造平屋の書斎と約2千平方メートルの敷地です。現在は整備中で公開が待たれます。

 

| 08:17 | 投稿者 : ushiku |
国道6号牛久土浦バイパスの通過地点現況

 

午前7時10分、今朝も冷え込みました。霜で真っ白になった準用河川・根古屋川(ねごやがわ)中流です。ここに仮設の橋が架けられました。ここは国道6号牛久土浦バイパスの通過地点です。中央の橋の両側には大きな橋脚が建設中です。左が国道6号、右が先日発掘調査の終わった「山王前遺跡」です。市内でも最も綺麗な川として知られている「根古屋川」、そして写真右手には里山があり、そこにはオオタカやフクロウも生息し、豊かな自然が残されていました。しかし、この環境も大きく変わろうとしています。

| 16:04 | 投稿者 : ushiku |
砕氷船になったコブハクチョウ

 

1月11日午前7時、稲荷川が再び凍結しました。今朝の気温は摂氏0度でしたが、明け方はもっと冷え込んだのでしょうか。5mmほどの厚い氷でした。そこに牛久沼から飛んできたコブハクチョウ二羽(成鳥のカップル)が着氷しましたが、凍結で混乱。まるで、砕氷船が氷を割って進むような光景が見られました。前にいるのが雄で、全身をつかって氷の上に乗り、首を前に伸ばし全体重でバリバリ、ピリピリと音を立てながらゆっくり進んでいきました。稲荷川のファミリーは今年三羽を孵しましたが、昨秋に幼鳥はすべて巣立ちを終えています。現在は三カ所に分かれて行動をしています。いずれも牛久沼周辺の葦原を塒としているようです。親と二羽の兄弟は別行動。そして、虚弱児で親から見放されていた一羽の幼鳥は元気になって、兄弟とは別行動をとっています。

| 14:08 | 投稿者 : ushiku |
牛久沼の水鏡

 

1月10日午前6時39分の牛久沼です。49分が日の出ですから、日の出10分前です。地平線上には雲がありませんが、上空には厚い雲があり、風もなく静かな湖面に「水鏡」(すいきょう、みずかがみ)という美しい光景を見ました。天気俚諺(てんきのことわざ)で、「朝焼けは雨」というのがありますが、日の出直後から真っ赤な朝焼けが見られました。天気は諺通りには進みませんでしたが、日射しのない寒い一日になりました。ちなみに撮影した時間は氷点下4度。最高気温6度でした。この寒さで稲荷川は半分凍結していました。(撮影場所:牛久市庄兵衛新田町から国道6号方面)

 

 

| 17:34 | 投稿者 : ushiku |