街道に一対の一里塚

 

国道6号、ひたち野東に中根一里塚が残されています。一里塚とは、徳川家康が、慶長9年(1604)頃に全国の主要街道を改修、改良を加えて一里塚を設け、この時期に開かれた日本橋から十七番目に「中根一里塚」が築かれました。一里塚は旅人の標識と休息の施設として一里(約4km)毎に街道の両側に約5間四方(約9m四方)、高さ一丈(約3m)程の塚を築いたものです。市内には、外に「成井」、「田宮」に一里塚がありましたが、現在は「成井一里塚」と中根一里塚が残されています。中根一里塚は、昭和61年、江沢大輔氏より市に寄贈されたものです。また、ここの一里塚は大変珍しく、国道の反対側には、この一里塚の対になる土浦市の指定史跡「荒川沖の一里塚」があります。このように街道に対で残っている一里塚は非常にまずらしいです。

| 17:19 | 投稿者 : ushiku |