牛久の文化の中心は田宮?

 

牛久の桜も満開が過ぎ、散り始めました。例年よりも早い開花でしたが、新型コロナウイルスの騒ぎで、ゆっくりとお花見をする余裕がなかったようですね。ここは田宮町の薬師寺です。幕府公認の牛久宿から北に1km、田宮には小さな宿場町がありました。江戸時代の田宮は、薬師堂という小さな祠があった程度で、こんな立派なお寺ではなかったようです。この薬師堂の周辺には「いずみや」という旅籠(料亭)がありました。ここに幕末の志士「高杉晋作」が修行の旅の途中に投宿したという、地元の旧家から古文書が見つかったそうです。そこには、高杉晋作が泊って酒を飲み大暴れしたという話もありました。高杉晋作の日記「試撃行日譜」という日記には、はっきりと「牛久駅」(宿場)に投宿したことが記録として残っていますが、牛久宿なのか、田宮なのかは定かではありません。尚、「いずみや」は明治以降も存続し、日清、日露両戦役の出征兵士の壮行会などに利用されたそうです。いずみや周辺には大店も多く、規制の厳しい宿場よりも繁華街的な宿場で賑わったのかもしれません。そして時代は昭和に入ると、薬師寺の前に映画館が出来ました。現在は建物が残っていますが、面影はありません。牛久の水戸道中(水戸街道)の文化の中心は田宮にあったのかもしれません。

| 17:43 | 投稿者 : ushiku |