浮田の広がっていた稲荷川河口付近の現在

 

霧雨に煙る三日月橋です。稲荷川再河口に位置し、この付近一帯は「浮田」と呼ばれる島のようになった水田が広がっていました。田植えも稲刈りも田舟に乗って作業しなければならず、大変な苦労があったようです。田と田の間には細い水路が碁盤の目のように続いていました。この小さな水路を「澪」(みお)と呼んでいました。三日月橋は現在のもの遥かに小さく、長さで現在のものよりも1/10ほどでした。そして、昭和48年(1973)に稲荷川土地改良区が発足、浮田はすべて埋め立てられ、綺麗な乾田に変わりました。

写真の橋の後ろ側(右の建物が三日月橋生涯学習センター)の左側に白い建物が見えるかと思いますが、この白い建物と三日月橋生涯学習センターの間を、国道6号牛久土浦バイパスが右から左に稲荷川を渡ります。そして、新地町の稲荷川土地改良区の水田の上を北上します。まだ時間はかかるかと思いますが、この長閑な風景は大きく変わっていきそうです。

 

 

| 17:16 | 投稿者 : ushiku |