都市開発で消えていく民俗文化財

 

ここは田宮町の薬師寺裏にあたり、市道城中田宮線の延伸部分が通過する箇所です。土塀の手前側に立ち退いた住宅の基礎部分がありますが、今から30年ほど前には、この三差路に道標がありました。高さ1mほどの天然石の道標でした。そこに刻まれていたのは「牛久停車場まで8町」とありました。現在牛久駅までの距離を測定しますと900mあります。この距離を昔の単位で見ますと、8.25町となります。すぐ近くに国道6号線が走っていますので、どれだけの人が往来したのかはわかりませんが、明治14年陸軍省作成の迅速測図によると、現在の県道143号線「矢田部牛久線」と同じく県道46号線「野田牛久線」の合流点が、6号国道田宮町信号となっていますが、その信号に出るかなり手前から、矢田部方面や茎崎方面から薬師寺の裏を通り牛久駅に出る抜け道がありました。その人達に対する道標だったのでしょう。その道標は現在不明になっています。

| 18:41 | 投稿者 : ushiku |