交通の要・いまむかし

 

国道6号線、田宮町信号付近(日本橋から52km)です。この場所は、牛久市の都市計画道路「田宮中柏田線」の跨線橋西交差点(スシローの交差点)ができる前は渋滞の名所でした。松屋の先にある信号は、「田宮町」で、日々渋滞情報が流されていました。この場所は、江戸時代の五街道に次ぐ脇往還として格式の高かった「水戸道中」(通称:水戸街道)の市内二番目の一里塚で(松屋の向かい側)にありました。一番目は、遠山町の「成井一里塚」。三番目はひたち野うしくの「中根一里塚」です、田宮一里塚は東京から52kmの地点での国交省の標識もあります。この場所が何故未だに交通量が多いのかと言いますと、6号国道から、二本の主要道がありました。一つは、野田牛久線(県道46号線)と牛久から谷田部に向う(県道143号線)がありました。現在の渋滞の拠点は、田宮町の一つ先の東京寄りの信号「跨線橋西信号」に変わりましたが、交通の要は今も昔も変わらなかったようです。

 

| 19:41 | 投稿者 : ushiku |