中心市街地の賑わいを戻したい

 

牛久駅西口から線路伝いに「ぶどう園踏切」を通る市道です。右のマンションの敷地には、「なべや」というスーパーがありました。昭和60年代は高度成長時代で、新興住宅地が次々に造成・販売が行われていました。当時は東口は無く、西口の駅前には地元商店が並んでしました。その駅前商店街からやや外れて、当時の牛久では唯一のスーパーだったと記憶しています。昭和60年には、筑波科学万博が開催されましたが、牛久駅からつくばにでるバスはなく、現在のひたち野うしく駅の前身「万博中央駅」からシャトルバスが出ていました。この頃から牛久は大きく変わり出し、駅の橋上化で駅前の風景は一変。昭和58年には西友が開業(平成7年撤退)しました。西口駅前の賑わいはピークを迎えました。その後昭和60年西口の再開発が始まり、エスカードビルが完成。昭和68年に中堅のスーパー「イズミヤ」が開業(平成29年撤退)しました。この様に駅に出れば何でも揃うという便利さから、駅前は賑わいましたが、相次ぐ大型店舗の撤退で、駅前は本当に寂しくなっています。

| 16:22 | 投稿者 : ushiku |