古代人が見抜いた住環境

 

田植えはほぼ終わり、美しい初夏の谷津田の風景が市内各地で見られます。新緑と早苗の織りなすグラデーションは日本の原風景と言っても過言ではないでしょう。この美しい風景は単に美しいというのではなく、遠い昔に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。縄文時代まで、タイムスリップしてみましょう。6000年前と言いますと、間氷期になります。17000年前に氷期が終わり、地球は暖かくなってきました。そして、6000年前になると地球は最も暑い時期になり、北米大陸、ヨーロッパ大陸の広大な氷床が溶解し、海面は5mほど上昇しました。ここまでの海面上昇によって、内陸まで海水が入り込んでいました。関東の東半分の低地は古鬼怒湾という入り海になっていました。牛久沼も霞ヶ浦も古鬼怒湾の中でした。この時期に、陸地だったのは「稲敷台地」「筑波台地」と言われる台地です。牛久は稲敷台地の南端にあり、台地の奥深くまで谷津が入り込んでいました。古代人は台地の南端(谷津頭)を見つけると、集落を作っていきました。目の前には太平洋の入り海(渚)があり、海の幸が豊富に採れる、台地の端からは湧水がある、このような環境を古代人は見抜きました。そして、市内の台地の南端には大きな古代集落が次々に作られて行きました。

| 18:18 | 投稿者 : ushiku |