道標から読み解く牛久の歴史

 

牛久を通過する、通称・鎌倉街道(市道7号線、昭和53年7月1日市道に認定)の小さな十字路の一角に御影石でできた道標を見つけました。歴史的な古さは感じませんでしたが、一部牛久の歴史を語るには貴重な遺跡と感じました。

道標には、(東)役場、井ノ岡、月出里。(西)岡見、柏田、牛久道。(南)泉、貝原塚、羽原(いずれも竜ヶ崎市)。(北)福田、小池、実穀(いずれも阿見町)とありました。ここで、東に書かれている「役場」とは、奥野村役場と思われます。奥野村は昭和30年2月10日、牛久町に編入合併し、新たな牛久町としてスタートしています。このことから考えますと、道標の建立時期は昭和30年以前のものと考えられます。

 

| 16:51 | 投稿者 : ushiku |