鎌倉時代の幻の古道

 

牛久の幻の古道「鎌倉街道」の奥野地区です。鎌倉街道とは、1192年、源頼朝が鎌倉に幕府を開くと、支配力強化のために鎌倉と東国の各地域を結ぶ道路整備に力を注ぎ、次々と道路網が建設されました。そして陸奥などの地方を結ぶ交通路で、いわゆる鎌倉幕府の御家人が「いざ、鎌倉」と馳せ参じた道であり、鎌倉時代から戦国時代までの関東武士の栄枯衰退の歴史を物語る道です。しかし実態としては詳細な道筋や姿はあきらかでなく「幻の道」と呼ばれています。牛久を通る鎌倉街道は、国道408号島田町付近から現在の鎌倉街道を西に進み、県道48号線から阿見町に至るコースです。富岡八幡宮(鎌倉幕府)から北に延びる街道が制定されました。

上道(かみつみち):鎌倉から化粧坂を越え、武蔵西部を経て高崎、信濃、越後へ抜ける。

中道(なかつみち):鎌倉から巨福呂坂を通り、武蔵国東部を経て下野国から奥州へ至る。

下道(しもつみち):鎌倉から朝夷奈切通を越え、武蔵国東側の東京湾沿いを北上して常陸へ。

牛久の鎌倉街道は、「下道」(しもつみち)です。この街道の歴史を知らずに利用している方が大半でしょうか。

 

| 18:04 | 投稿者 : ushiku |