8年後の傳兵衞さん

 

左の写真は当HPの2010年5月30日掲載のブログです。タイトルは「この人抜きにはシャトーは語れない」でした。あれから8年後、現在の傳兵衞さんの胸像は311以来、右の状態になっています。

八年前の記事そのまま書きますと、「1856年(安政3年)現愛知県播豆群一色町の豪農・神谷兵助の六男として誕生しました。しかし、家は没落し、天国から地獄へ堕ちたような生活が待ち受けていました。傳兵衛は幼くして奉公に出ざるを得なくなりました。8歳の時、酒の商いに興味を持ち、裕福な生活を憧れました。17歳になったとき横浜の外国人居留地で働いていたとき、原因不明の病気で倒れ、そのときの主人にブドウ酒を与えられ、しばらくして病気は完治しました。このときのブドウ酒の出会いがシャトーを造るきっかけとなったそうです。神谷傳兵衛の胸像はシャトー正門向かって右側の庭園にあります」

| 16:54 | 投稿者 : ushiku |