安全な歩車分離式信号

 

牛久で唯一の歩車分離式信号です。牛久駅東口前信号で、花水木通りと県道牛久停車場線の交差点です。歩行者を巻き込む事故が絶えませんが、この方式で、歩行者は安全に渡れます。この方式をもっと拡大して欲しいですね。この交差点は2月18日稀勢の里横綱昇進祝いのパレードの起点となった交差点です。

| 18:07 | 投稿者 : ushiku |
山岡鉄舟の板碑がある観成院

 

今日は某自治会のふれあいサロンから要請を受けて、歴史町歩きをしました。参加者は20名、集合場所の区民館から、全行程8kmの町歩きになりました。最初の訪問地は観成院(下町)で、境内にある黒須嘉一郎の碑を見学しました。この黒須さんは、下町で寺子屋を開き、その後城中地区の寺子屋の統合があり、寺子屋から小学校になった際、初代牛久小学校校長になった方です。明治初期、初代茨城県知事になった、山岡鉄舟と親交があり、黒須さんが亡くなった後、黒須嘉一郎の碑が建立されました。碑文は山岡鉄舟、台座には山岡鉄舟の上司であった、勝海舟の漢詩が刻まれています。そして、慰霊碑の建立に資金を出した人の一人に小川芋銭の幼少期の名前が刻まれています。(紅葉が美しい観成院境内)

| 19:33 | 投稿者 : ushiku |
残すところ一月、田宮西近隣公園間もなく完成

 

田宮町に建設中の調整池(田宮西近隣公園)の工期が残すところ一月になりました。12月末に完了の予定ですが、工事は急ピッチで進んでいます。北側(県道46号線)から見た園内ですが、園路の舗装も進み、池の周囲の柵やベンチも設置されています。一周1kmもあって、地元の期待は高まっています。

| 19:00 | 投稿者 : ushiku |
稀勢の里休場でがっかり

 

牛久第二小学校のフェンスに稀勢の里の昇り旗がなびいていました。でも残念ながら、稀勢の里は休場になってしまいました。牛久第二小学校では、各クラス毎に稀勢の里を応援する昇り旗を作って応援していますが、今場所は休場と言うことで子どもたちは残念がっていることでしょう。もっと頑張って欲しいものですね。

| 20:22 | 投稿者 : ushiku |
6000年ぶりに開発の槌音が響く田宮西近隣公園

 

田宮西近隣公園(調整池)の完成が近づいています。田宮地区の雨水を集めて、洪水対策として建設されている調整池です。第二つつじが丘の北最奥部に位置する谷津頭で古代からの自然が残されていましたが、今回初めて調整池の槌音が響きました。この場所は、今から6000年前の縄文時代には古東京湾の一部で、ここまで海水が入り込んでいました。この当時は地球が暑く、極の氷山が解けて、海水が4〜5mも上昇していた時期です。したがって写真の奥側周囲は狭いながら渚がありました。そこで穫れる海の幸に目を付けた縄文人は、この場所に住居を構え、定住生活を送っていました。更に写真の中央奥には県道46号線のバイパスが走っていて、2年前のバイパス工事前に埋蔵文化財の発掘調査が行われ、30000年前の旧石器時代の石器が大量に発掘されたところです。更に発掘調査では、旧石器時代、縄文時代、弥生時代、奈良時代、平安時代という気の遠くなるような長い時代をこの場所で古代人は生活を営んでいたことになります。30000年前は氷河期です。旧石器人は何故ここに居を構えたのでしょうか。氷河期は海面は100m以上も低く、太平洋の海水はここまでは来ていませんでした。縄文人は一カ所に定住し狩猟生活を送っていましたが、旧石器人は「遊動生活」といい、食料を見つけながら動き回る生活を営んでいました。この場所には動き回らなくても生活が営める何らかの資源があったのかもしれません。

| 19:12 | 投稿者 : ushiku |
時雨の季節・霜月

 

今日は北海道の西に前線を伴った低気圧が本州全体にかかり、全国的にお天気は時雨れました。牛久では午後から雨になりましたが、紅葉の季節ですから雨はいただけません。このような季節に降る雨を「時雨」(しぐれ)と言います。晴れたかと思うと曇り、曇ったかと思うとまた晴れる。時雨は、晩秋から初冬にかけて時々降って止む雨をいいます。

「神な月ありあけの空のしぐるるをまた我ならぬ人や見るらむ」(詞花324)赤染衛門

【通釈】神無月、有明の空に時雨が降るのを、私以外の人もまた寝られずに見ているのだろうか。(旧暦の10月に詠んだもの)

| 17:14 | 投稿者 : ushiku |
番外編・ダウンバーストの仕業

 

今日は稲敷市の総合防災訓練に呼ばれました。朝8時に稲敷市の総合運動公園に行ってビックリ。北海道にあった低気圧が爆弾低気圧に発達し、その低気圧から関東地方まで暴風が吹いたようです。地元の方の話では今朝午前3時、ダウンバーストのような風が吹いたようだと仰っていました。防災訓練の「啓発のエリア」には、各テント毎に研究機関、行政、企業、団体が防災に関連した展示等を行う予定でした。しかし、テントはすべて吹き飛ばされ、フェンスにテント20張が固まって山のようになっていました。パネルも、机椅子もご覧の通りになっていました。おかげでこのエリアは中止となりました。

| 19:46 | 投稿者 : ushiku |
番外編・鬼怒川想定浸水深のマーク

 

今日は常総市の地域交流センターで行われた第67回茨城県社会福祉大会に出席しました。開会前に時間がありましたので交流センターの周辺を歩いてみました。ここは常総市石下庁舎(左側)です。そこで見つけたのは、電柱に記載されたマークです。一番上に「1m」「鬼怒川想定浸水深」(赤いテープの高さ)、その下に「この場所は鬼怒川が氾濫すると浸水の可能性があります」とありました。ここは、平成27年9月7日に発生した台風18号は9月9日に東海地方に上陸したのち、同日夜に日本海で温帯性低気圧になりました。この台風による直接的な被害は大きくなかったものの、日本海を北東に進む台風から変わった温帯性低気圧に太平洋上から湿った暖かい空気が流れ込み、日本の東の海上から日本列島に接近していた台風17号から吹き込む湿った風とぶつかったことで南北に連なる雨雲(線状降水帯)が継続して発生、関東地方北部から東北地方南部を中心として24時間雨量が300ミリ以上の豪雨とそれに伴う大規模な災害をもたらしました。この標識は、当時の災害を忘れさせないために標示されたものでしょう。

| 19:15 | 投稿者 : ushiku |
牛久シャトーを日本遺産に!

 

「みんなの力で牛久シャトーを日本遺産に!」この昇り旗がとても目立つようになって来ました。出来るだけ早く、認定されて、次の世界遺産を目指したいですね。2015年の明治日本の産業革命遺産は製鉄・製鋼,造船,石炭産業」で、おもに九州、山口を中心に進められた日本の近代化は、西洋先進諸国からの積極的な技術導入によって進められ、それらの国との文明の交流がうかがわれること。鎖国状態にあった日本において、非西洋地域で初めて、約50年間という短期間で飛躍的な経済的発展を成し遂げた産業遺産群は、その歴史上の重要な段階を物語る建築物のまとまった集合体の顕著な事例であることが評価され、文化遺産に登録されました。

| 17:22 | 投稿者 : ushiku |
中心市街地に広がる長閑な景観

 

長閑な風景です。こんな風景が中心市街地に残されています。この場所は刈谷調整池です。準用河川刈谷川の中流域に調整池が出来ました。刈谷町と田宮町の間にある谷津です。現在は更に拡張工事が行われています。この調整池が無いときは、写真右側に広がる水田が冠水することがしばしば。特に最近では、常総水害の時には冠水どころから水田は水没しました。この調整池は完成してから一年は経過していませんが、今年の台風や線状降水帯などの大雨の時、機能を発揮してくれました。

| 17:24 | 投稿者 : ushiku |