まだまだ続く塩害の影響

 

県道272号線(牛久停車場線)のケヤキ通りも先の台風による塩害の影響が出ています。葉はついていますが褐色に焼けて葉の先はちりぢりになっていました。台風24号による塩害は太平洋沿岸地方に大きな痛手となっています。そろそろ紅葉の季節ですが、聞こえてくるのは内陸部(日光等)だけです。

 

| 13:03 | 投稿者 : ushiku |
台風24号の塩害が深刻

 

中央生涯学習センター前の「モミジバフウ」の街路樹です。右側の葉は全くありません。これは、先日の台風24号が日本海側を通過した際の暴風(南東の風)による、海風が内陸部まで入ったための塩害です。紅葉前に葉は褐色になり散り散りになってしまいました。市内の街路樹も大きなダメージを受けています。牛久駅の東口のケヤキ通りのケヤキも散り散りで覇気がありません。三日月橋周辺の桜はほぼ丸坊主。この塩害は東京や神奈川でも深刻で、紅葉シーズンを前に手の打ちようがないようです。台風による塩害がこれほど大きな問題になることは、過去にはなかったような気がします。

| 15:14 | 投稿者 : ushiku |
万博中央駅の33年後の変貌

 

国際科学技術博覧会(略称:科学万博、つくば '85)が行われたは、1985年3月17日から同年9月16日までの184日間にかけて行われた国際博覧会でした。その時の観客の輸送に、JR常磐線の牛久ー荒川沖間に「万博中央駅」が仮設されました。そして万博中央駅から万博会場にシャトルバスのピストン輸送が始まりました。万博中央駅西口はスーパーシャトルバスのターミナルとなり、万博中央駅から13km離れた会場までを結ぶアクセスバスとして、スウェーデン・ボルボ製B10M(ボディは富士重工業製)の連節バスが運行されました。会場への所要時間は約20分。全長17.99m。 乗車定員は162人(座席53人・立席108人・運転手1人)でした。その時の西口ターミナルから出たバスは(左側マンション左奥から出て、右側フェンス下)の学園西大通りに入りました。

(正面は現在のひたち野牛久駅ホーム。正面のビルは東口の「ひたち野リフレ)

| 15:05 | 投稿者 : ushiku |
時雨が続く仲秋

 

肌寒い一日になりました。写真はしっとりとした田宮西近隣公園です。繁茂した雑草もきれいに刈り取られ、地元の人たちの憩いの場所になってきました。このところ、これまでのような激しい雨は姿を消し、静かに降る、まさに「時雨」(しぐれ)状態です。これは、秋雨前線が列島の東に沿うように停滞しているためで、時雨模様が続いています。まだ暫くお天気はスッキリしないでしょう。

今日は、「奥の細道」などで、数多くの名句を詠んだ俳聖、松尾芭蕉の命日「時雨忌」です。松尾芭蕉は、元禄7年(1694)の今日、大阪で亡くなりました。「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」は、漂泊の一生を締めくくる辞世の句となりました。

 

 

| 18:58 | 投稿者 : ushiku |
塩害の影響が拡大している

 

台風24号の後遺症がまだまだ続きます。24号が通過した朝、あたり一面雨上がりでしたが、大雨の後とは思えない感じでした。そのと時は風はまだ強く、台風の強風域が過ぎ去っていない感じがしました。洗車したばかりの車は、風で飛散した枯葉やごみが付着してひどい状況で、フロントガラスが曇って見えづらく、濡らしたセーム皮でフロントグラスを拭きましたがすっきりしません。その後ベランダの手すりに布団を干そうと思いましたが、ザラザラでおかしい。ザラついた部分を指でこすって舐めてみますと、塩辛いことがわかりました。これは塩害だなと感じ、車は洗車しました。それから数日、街路樹や公園樹の落葉が目立つようになり、塩害の報道も目立つようになってきました。葉についた塩分は、葉から水分を抜き取るため、葉が枯れてしまうようです。24号が通過して暫くたちますが、街路樹(ケヤキ、サクラ、プラタナス等々)は茶色に変色し落葉が始まりました。日光では紅葉の便りもありますが、牛久では、サクラは全滅、ケヤキも全滅、常緑樹の白樫等も落葉が始まっています。桜のほのかな紅葉、イチョウの黄葉は今年は駄目かもしれませんね。

| 19:14 | 投稿者 : ushiku |
台風一過の美しい日の出

 

10月7日(日)午前5時50分の日の出直後です。この場所は田宮町番外という今時変な地名の場所で、標高25.20mという稲敷台地の縁に当たります。標高は稲敷台地の平均でしょうか。前方は第2つつじヶ丘(窪地)があり、エスカードビルや駅周辺のマンションが障害物無く見えるところです。台風25号が夜半に通過し、強風が汚れた大気を一掃したのでしょうか。この時期にこれだけのきれいな朝日はとても珍しいです。「朝焼けは雨」という諺がありますが、今朝は朝焼けではありません。晴天の日の出です。天気予報のない時代、人々はその土地固有の地形や海山土のバランス、天気や気候を観察して記録に残し、天気を予測しました。つまり、風土です。風土には様々な表情があるように、その風土の気候・気象を表し伝えることわざもあります。これを、天気俚諺(てんきりげん)や観天望気(かんてんぼうき)と言います。

 

 

| 18:37 | 投稿者 : ushiku |
牛久駅前がムクドリの塒

 

日没直後のエスカードビル東側の街路樹が椋鳥(ムクドリ)の塒に化しています。その数数千羽でしょうか、数本の街路樹はムクドリで重そうです。ムクドリの鳴き声の騒音と、更には、糞害と異臭で、近隣商店などでは迷惑に思っていることでしょう。ムクドリはかつて山の樹林帯や竹林をねぐらにしていましたが、次第に人に慣れてきたほか、山中よりも市街地の方が天敵に襲われることなく安全だと認識し、中心市街地を大群で飛び回るようになりました。牛久は宅地化が進んでいますが、郊外に行けば、オオタカやフクロウなどの猛禽類が増えてきているため、天敵の少ない安全な場所ということで都会の中心部に入ってきています。このムクドリは駅の東口周辺にいましたが、いつしか西口に移住したようです。ムクドリの被害は全国で広がっています。特効薬はなかなか無いようですが、撃退するには、日中に樹木全体をネットで覆ってしまうとか、テグスを張るのが効果があるようです。

| 18:58 | 投稿者 : ushiku |
マンモス小学校の下校時間

 

中根小学校の下校時間になりました。マンモス小学校の下校時間は凄い。小学校から県道272号線(ふれあい通り)まで約1km。集団下校の列が1km以上にわたって切れ目なく続いていました。要所要所には父兄が立哨。交差点には牛久警察署の警察官が、交通整理をしていました。ここまで徹底されていれば、登下校の事故は皆無でしょう。

 

 

| 16:46 | 投稿者 : ushiku |
秋霖の最中の地霧

 

連日、秋霖(秋雨)前線による、不安定なお天気が続いています。今日も日本列島の南岸に寄り添うように停滞する前線が、全国的にお天気を崩しました。この天気も、早朝は朝日も見え、田宮西近隣公園で地霧を視認しました。自霧とは、目の高さの水平指定距離が1勸焚爾如天空がかすかに見えるくらいのものを、(低い霧)、目の高さの水平視程距離はよくても地面に近いところに霧のある場合を(地霧)といいます。

| 19:01 | 投稿者 : ushiku |
荒廃した雑木林が蘇った

 

市街地に残る雑木林(平地林)。市内を見渡しても市街地に残る平地林は激減しています。現在の雑木林は、コナラ、クヌギなどの冷温帯植物で、古くは、薪炭林として機能していました。成長も早く、炭にしたときの火持ちもよく、最高のエネルギー源でした。成長してから、20年〜25年で伐採し、薪炭として利用しました。切り倒されたコナラ、クヌギは切り株から「萌芽更新」によって成長を始めるという人間と二人三脚の生き方をしていました。しかし、山を守る方々の高齢化によって、雑木林は荒れるに任せています。

この場所は、猪子町の「道山古墳群」です。一時は荒廃林として人も入れないような森でしたが、地元の有志によって整備され、本来の雑木林として蘇りました。

| 19:38 | 投稿者 : ushiku |