ナガミヒナゲシにご注意

 

[ナガミヒナゲシ](長実雛芥子)の櫺未割れて種子が飛散を始めました。環境省の要注意生物に指定され、大変迷惑な雑草です。可愛いからと、庭や家庭菜園でも見かけますが絶対に植えてはいけません。花は5月の初めに咲き、現在は左下の姿です。種子は右下の写真です。種の直径は1mm以下と小さく、畑や花壇に種がこぼれると大変なことになりますよ。

地中海〜中央原産の帰化植物で、日本で最初に確認されたのは1961年の東京都世田谷区です。現在は全国に広がっています。アルカリ性の土壌を好み、コンクリートでアルカリ化した路傍に繁茂。抜いても抜いても根絶できず、雑草として相当に厄介なものです。一つの果実には約1600粒の種子が内包されています。一個体は100個の果実を成すこともあるため、多い個体では15万粒の種子を持っています。見つけたら抜去しないと大変なことになります。(ケシ科ケシ属)

| 17:17 | 投稿者 : ushiku |
街道に一対の一里塚

 

国道6号、ひたち野東に中根一里塚が残されています。一里塚とは、徳川家康が、慶長9年(1604)頃に全国の主要街道を改修、改良を加えて一里塚を設け、この時期に開かれた日本橋から十七番目に「中根一里塚」が築かれました。一里塚は旅人の標識と休息の施設として一里(約4km)毎に街道の両側に約5間四方(約9m四方)、高さ一丈(約3m)程の塚を築いたものです。市内には、外に「成井」、「田宮」に一里塚がありましたが、現在は「成井一里塚」と中根一里塚が残されています。中根一里塚は、昭和61年、江沢大輔氏より市に寄贈されたものです。また、ここの一里塚は大変珍しく、国道の反対側には、この一里塚の対になる土浦市の指定史跡「荒川沖の一里塚」があります。このように街道に対で残っている一里塚は非常にまずらしいです。

| 17:19 | 投稿者 : ushiku |
今は無き万博中央駅

 

この写真は、万博中央駅ができたとき開業前の記念盆踊りと思います。万博中央駅は、科学万博見学の輸送を国鉄が約半数を担う想定で設置された万博輸送の要ともなる駅で、国鉄常磐線の牛久駅と荒川沖駅の間(上野起点56.8Km)に設置されました。昭和60年(1985)3月14日に開業、同年9月16日をもって営業を終えるという短期間の臨時駅でした。特急を除く中距離電車とエキスポライナーが停車。時間帯は下り7時28分着〜22時39分着、上り7時28分着〜22時36分着。臨時駅とはいえ規模は大きく、国鉄のパビリオン的存在でした。万博輸送は、土浦ルート、牛久ルート、水海道ルート等設定されましたが、この万博中央ルートがメイン設定でした。駅前広場からは会場までのシャトルバスが運行され、約780万人が利用しました。特に2両連結の連接バス(スーパーシャトルバス)は、当時日本で最初の本格的営業連接バスとあって、注目されました。万博中央駅から13キロメートル離れた会場まで所要時間は約20分。この間を結ぶアクセスバスとして、スウェーデン・ボルボ社製B10M(ボディは富士重工業製)の連接バスを使用して運行されました。(写真提供:牛久市生涯学習課)

| 15:32 | 投稿者 : ushiku |
頑張れ牛久シャトー

 

ひたち野うしく駅のペデストリアンデッキ、大きな駅の風景です。牛久駅よりもはるかに都会的な感じがします。そのデッキの手すりに「祝牛久シャトー日本遺産認定」の横断幕が掲げられていました。ちょっと小さい感じがしますが、あの時の余韻がまだ残っています。本当にタイミングが良かったと思います。そして、牛久シャトーが一日も早く本来の姿に戻ってほしいと多くの市民が願っております。

| 16:58 | 投稿者 : ushiku |
町中に蔓延る要注意外来生物

 

白く見える花は、「ワルナスビ」というナス科の外来植物ですが、有毒で棘があるということで除草が大変難しい野草として、環境省では「要注意外来生物」としてマークしています。このワルナスビはアメリカ、カロライナ周辺の原産で、全世界に移入分布する帰化植物として知られています。茎や葉に鋭いとげが多く、種子が家畜のフンなどに混じって広がり、垂直および水平に広がる地下茎を張ってあっという間に繁茂します。耕耘機などですきこむと、切れた地下茎の一つ一つから芽が出てかえって増殖してしまい、また除草剤も効きにくいため、一度生えると完全に駆除するのは困難な植物です。有毒植物。環境省の要注意外来生物 として、駆除が求められています。この場所は国道6号線沿いの大手回転すし店の植え込みです。ここは毎年発芽し、種子が近隣へ拡散しているのは何とかしなければと思っています。

| 18:21 | 投稿者 : ushiku |
人知れず辻に立つ改善一歩の道標

 

小川芋銭画伯の「改善一歩の碑」が人知れず街中にありました。ここは三日月橋手前の坂の途中です。改善一歩の碑とは、大正11年(1922年)に、城中青年会(矯風会)の手によって、旧牛久村の主要な道筋に立てられた道標です。当時、城中の青年達が、道標を立てる計画をしていたところ、それを知った小川芋銭画伯が、永久に耐えられる石柱にしなさいとこれを寄付してくれたものだそうです。青年会では早速好意を受け、芋銭画伯の名を石柱に刻もうとしたが、芋銭画伯は、名前の代わりに「改善一歩」と刻みなさいと言われたため、城中青年会はこの改善一歩を、自分の歩む道を善い方へ改めて進みなさい、と言う意味で、現在7本が地区内に残っています。

| 16:39 | 投稿者 : ushiku |
待ち遠しい梅雨明け

 

梅雨明け間近、激しいお天気が続きます。熊本県では大変な災害になってしまいました。被災された方々には、お見舞い申し上げます。激しい梅雨空ですが、待ち遠し梅雨明けには二つの型があります。ひとつは、大陸からの低気圧の東進につれ、梅雨前線が北へ吊り上げられ、これを太平洋高気圧が一気におしあげる「スッキリ」タイプ。もう一つは、梅雨前線を押し下げながら南下してくるオホーツク海高気圧が、次第に下層まで暖まり、高気圧と一体となって前線が消滅する「ゆっくりタイプ」です。今年はどちらになるのか、いずれにしましても、もう少しの辛抱ですね。(場所は田宮町笹塚からエスカードビル方面)

| 17:42 | 投稿者 : ushiku |
今年の七夕飾りは寂しそう

 

ひたち野うしく駅コンコースに今年も七夕A飾りが登場しました。「ひたち野うしく」は茨城県でも人口急増地域として知られていますが、URによって牛久北部開発が行われ「人人ニュータウン」として開発されました。平成10年に街開きが行われ、それ以降、若い人たちの移住が進んできました。現在では市内でも最も若い町となっています。高齢化率5%という若さ。この若い町は、街を知らない人がそのまま増え続ける事を懸念した、牛久市、UR、旧地元行政区、市民団体によって「ひたち野うしくまち育て協議会」が発足し、毎年地元の若い親子を対象に、七夕フェスタ、クリスマスイルミネーションなど、市民主導の町おこしが続いています。駅コンコースに掲示された短冊には、ちびっ子の未来が書かれていました。今年もきれいに七夕飾りが飾られていますが、新型コロナ禍で、5日の日曜日は、飾りの下でのワークショップは行われないかもしれません。

| 17:46 | 投稿者 : ushiku |
遠ざかる梅雨前線の雲堤

 

今日は梅雨の中休み。梅雨らしい激しい天気が続きますね。発達した低気圧から伸びる前線が「線状降水帯」となって各地に大雨を降らせました。この線状降水帯とは最近の言葉で、平成26年(2014)8月の広島県での大雨以降,頻繁に使われるようになりました。この線状降水帯とは、「次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなした、組織化した積乱雲群によって、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される降水帯で、線状に伸びる長さ50〜300 km程度、幅20〜50 km程度の強い降水をともなう雨域」として気象庁が用いる予報用語になっています。地球温暖化の影響もあるのでしょうか、ゲリラ豪雨とか、爆弾低気圧、エルニーニョなどなど、聞き慣れない言葉が多くなりました。写真は今日の午後、南の空ですが、白い雲堤は太平洋上にある梅雨前線です。

| 17:20 | 投稿者 : ushiku |
五月雨に濡れる近隣公園

 

雨に濡れる「田宮西近隣公園」です。今日は発達した低気圧が日本列島に接近、西日本各地で大雨になっています。牛久も昼前から雨になり、ほぼ一日「五月雨状態」でした。「五月雨」とは「梅雨」と「物事が長く続くこと」の2つの意味をもつ言葉です。「五月雨」と聞くと俳句などで使われる、季節を表す「季語」ですが、今降っている雨はまさに「五月雨」です。

田宮西近隣公園は「谷津頭(やつがしら)」で、ここの湧水は、第2つつじが丘の下を通り、刈谷川に注いでいます。6000年前の縄文時代には、地球が熱く、海面上昇があって、ここまで海水が来ていました。その証には、写真つき当りの台地上に県道46号線バイパスが通っていますが、そのバイパス工事で、35000年前の旧石器時代から奈良時代までの長い期間、大規模な集落が見つかっています。古代人はこの谷津頭で採れる海の幸に舌鼓を打っていたことでしょう。

| 17:24 | 投稿者 : ushiku |