梅雨の中休みに虹の出現

 

まだまだ梅雨の中休みが続きそうです。今年の梅雨は雨が異常に少ないような気がします。そして梅雨明けが例年よりも早いのではとの予想。そして猛暑ならぬ酷暑の夏と言われていますが、今年も異常気象の夏になるのでしょうか。例年よりも早い台風、火山噴火、地震、そして酷暑、例年以上に厳しい夏がやってくるような気がします。天災には普段の備え、酷暑には熱中症への備えが重要です。今朝のお天気は雲が多いものの、雲の切れ間から青空も覗いていました。しかし、雨雲レーダーを見ると、ちぎれた雨雲の幾つかが西の空にあり、東に移動中でした。牛久では殆ど降りませんでしたが、お隣のつくば市やつくばみらい市では降っていたのでしょう。午前6時03分、西の空に虹が出現しました。綺麗なアーチにはなりませんでしたが、はっきりした虹は数分間楽しませてくれました。

| 18:19 | 投稿者 : ushiku |
快適な梅雨の中休み

 

紺碧の空とはこのような青空を言うのでしょうか。梅雨の中休みが続きます。梅雨前線は南に下がり、今日は全国的に安定したお天気になりました。梅雨は、40日間続く長い雨季です。しかし、三日に一度くらいの割合で、お日様は顔をのぞかせます。「梅雨の中休み」とは、梅雨前線が本州から南下し、その活動が弱まったり、太平洋高気圧が一時的に強まる状態で、梅雨前線が北上して、数日から一週間程度、晴天が続くことを指します。統計的には6月中旬に現れることが多いようです。今日の牛久は33度まで上がりましたが、湿度が低く猛暑という感じはしませんでした。写真は牛久青果市場とエスカードビル遠望です。手前の道路は市道城中田宮線、城中から近隣公園東までの区間を走る快適な道路ですが全通はしていません。

| 16:25 | 投稿者 : ushiku |
夏至の濃霧注意報

 

今日は梅雨の中休みになりました。今朝は珍しく濃い霧が長い時間漂っていました。​霞は春の季語ですが、平安時代以降、秋に発生するするものを特に霧と呼ぶようになったそうです。気象学の上では、無数のごく小さな水滴が空気中に浮んで視界を遮り、水平方向に見える視程が1厂にを霧と呼び、100m以下の視程になると「濃霧」とされ、濃霧注意報が発令されます。今朝は濃霧注意報が出ていました。尚、1勸幣紂10km未満の視程では靄(もや)と区別しています。

| 17:13 | 投稿者 : ushiku |
梅雨時の主役、アジサイとカタツムリ

 

梅雨のまっただ中になりました。昨日の台風6号に刺激された梅雨前線は日本列島の東に遠ざかり、今日は梅雨の中休みになりました。梅雨に似合う花と言えばアジサイですね。そして、この時期動きが活発になるのはカタツムリです。このカタツムリは「ミスジマイマイ」という日本の固有種で、関東地方南部から中部地方東部にかけて分布する樹上性のカタツムリです。

| 17:16 | 投稿者 : ushiku |
寂しくなったシャトー通り

 

この道は「シャトー通り」の駅側です。東口から橋を上る坂道を上から撮りました。中央の植え込みの先が入口で、手前側の橋を渡って牛久シャトーの東脇を通る遊歩道です。今では通る人も殆ど無く、寂しい道になってしまいました。この道は平成2年7月、「ふるさと 手づくり郷土賞」(街灯のある街角 三十選)という栄誉ある賞を、建設大臣綿貫民輔より受賞しています。橋の両側にはエキゾチックな街灯が名物となっていました。しかし、不心得者によってか、街灯は次々に盗難にあい、今ではエキゾチックな街灯は無くなってしまいました。橋の上には大型日時計と河童像が一体、寂しそうな姿で佇んでいます。

| 16:34 | 投稿者 : ushiku |
梅雨の最中に発生した地霧

 

今朝5時の田宮西近隣公園です。ここは元々谷津頭(谷津の最奥部)で低湿地です。そこに発生した「地霧」です。地霧とは、目の高さの水平視程はよくても地面に近いところに霧のある場合を〈地霧〉と呼んでいます。夏には珍しい現象です。地霧は放射霧の一種で、晴れた日の夜間、日中暖められた地表面よりも、空気が冷えていると発生します。この地霧は太陽が出ると、すーっと消えていきました。

| 17:21 | 投稿者 : ushiku |
いきいき茨城ゆめ国体の武道館

 

ここは「いきいき茨城ゆめ国体」(第74回国民体育大会)で会場となる、下根の運動公園内に建設中の武道館建設現場です。大会は、2019年9月28日(土)〜10月8日(火)の11日間、茨城県の各市町村で行われます。牛久市は、軟式野球(グランド既設)と空手道(新設)の会場となっています。その空手道の武道館が現在建設中です。場所は正門から入って左側にテニスコートがありますが、その脇に建設中でした。

| 19:29 | 投稿者 : ushiku |
寂しくなった牛久駅西口

 

牛久駅西口が元気がありません。牛久駅の西口は、東口ができるまで、牛久の顔でした。西友ビルができ、西口の駅前区画整理が始まり、エスカードビルができて、東京の近郊都市としての顔が出来上がりました。この間、牛久市の常磐線利用者の居住地域を見ますと、西口よりも東口のに大きな住宅地が次々に開発されると、牛久駅の乗降口のなかった東口の区画整理が始まりました。東口が整備されると、何故か牛久の玄関口は西から東に移ってしまいました。その後、西口のエスカードビルに入っていたキーテナント「イズミヤ」が撤退、西口は厳しい試練に立たされています。そして、エスカード周辺の「庄や」、「ローソン」なども撤退、火の消えたような寂しさが漂っています。その後、エスカードビルには、一階にスーパー「TAIRAYA」が入り、3階にはフィットネスクラブ「GOLD'GEM]が入り、少しずつ改善されてきていますが、もう暫く時間はかかりそうです。

 

| 18:21 | 投稿者 : ushiku |
筑波山の歴史

 

日本百名山の一つ、筑波山の遠望です。牛久市内からは何処からでも見られます。筑波山には古い歴史がありました。その生いたちを辿ってみると、古生代(二畳紀)2億9000万年前に、マグマが凝固して筑波山の原型ができました。その後、中生代(三畳紀)2億5000万年前に古筑波山が出現。中生代(ジュラ紀)2億1000万年前、恐竜の出現した時代ですが、古筑波山は海底に沈みました。中生代(白亜紀)1億4000万年前に海底が隆起、筑波山が誕生しました。その後、第三紀(斬新生)3540万年前に筑波山周辺が陥没して、筑波島に。第四紀(更新世)175万年前、断層によって筑波山は双耳峰となりました。これが現在の姿です。気の遠くなるような長〜い筑波山の歴史でした。

| 17:28 | 投稿者 : ushiku |
大地の循環・ホルン

 

中央生涯学習センターのロータリーの彫刻が代わりました。「大地の循環・ホルン」(深谷直之作)。

「自然界は絶えず動いています。隆起した地塊は、氷河、川、海、雨、風などの様々な浸食作用を受け、やがて大地に帰って行きます。今私たちが目にしている風習は、長い地球の歴史の中の束の間の姿なのです。氷河の浸食作用によってできた、鋭く尖った岩峰をもつ地形を、ホルン(氷食尖峰)と言います。この作品は山頂から麓の生命体へと、日々繰り返される自然界からの恩恵の物語の一断片を、大地の素材である石に刻み、印象化したものです」

| 18:34 | 投稿者 : ushiku |