七十二候「鴻雁北」

 

今日は二十四節気「清明」の七十二候(次候)「鴻雁北」(こうがんきたへかえる)です。日が暖かくなり、雁が北へ帰って行く頃。青森県津軽地方に「雁風呂」(がんぶろ)という民話が残されており、春の季語になっています。秋に雁が海を渡って来るとき、海面に浮かべて休むため小枝を咥えてきますが、浜辺にたどり着くとその枝を落とします。次の春には同じ枝を浜辺で拾って北へ帰るはずが、浜にはまだ残った枝が。それは、冬の間になくなった雁のもの。浜の人は供養のため、枝で焚いた風呂を旅人にふるまったと言われています。村人のやさしさが伝わってくる素晴らしい民話ですね。写真は今朝の5時、西の空です。雁の群れは北に向かっているような気がします。飛んでいる鳥は雁かどうかは不明ですが、雁はV字編隊することで知られています。冬鳥は北へ帰り、夏鳥は続々と日本にやってきています。すでに燕を見かけました。

| 17:14 | 投稿者 : ushiku |
葉桜の稲荷川外提

 

穏やかな週明けになりました。清明を過ぎ、海も山もすべてのものが春光に包まれ。明るく長閑な様子を「麗か」と言います。古くは「うらうら」といい、それが「うらら」と省略され、接尾語がついたと言われています。また「うらうら」の語源である「うら」は、心や心のうちを表す言葉です。「春のうららの隅田川」で始まる馴染み深い歌曲にもあるように「春うらら」というと、春の陽気な気候だけにとどまらず晴れやかで明るい心情的なところも加味して用いられます。そんな季節になりました。写真は午前6時の稲荷川外提です。ソメイヨシノは花吹雪、水面では花筏。あっという間に散りだして、今日の夕方にはほぼ葉桜になっていました。

| 17:10 | 投稿者 : ushiku |
春霞に生気を失った太陽

 

今日は朝から気温が高く、霧が発生していました。その霧は放射冷却によって地表面にぷかぷか浮いているような霧でした。上空は霞のような薄い霧で、5時21分の日の出から11分後、東の空から上がってきた太陽は、春霞に朧な姿でした。今日は、二十四節気「清明」です。清明は「清浄明潔」の意味で、清らかで明るく、生き生きとしている状態をいいます。その言葉通り、天地万物が躍動する時季。本州の多くの地域では桜が満開となり、澄んだ空の下、あちこちの学校で入学式が執り行われます。そして、七十二候(初候)は「玄鳥至」(つばめきたる)です。ツバメ達が南から渡ってくるころです。季節は春本番になりました。

| 17:14 | 投稿者 : ushiku |
牛久の文化の中心は田宮?

 

牛久の桜も満開が過ぎ、散り始めました。例年よりも早い開花でしたが、新型コロナウイルスの騒ぎで、ゆっくりとお花見をする余裕がなかったようですね。ここは田宮町の薬師寺です。幕府公認の牛久宿から北に1km、田宮には小さな宿場町がありました。江戸時代の田宮は、薬師堂という小さな祠があった程度で、こんな立派なお寺ではなかったようです。この薬師堂の周辺には「いずみや」という旅籠(料亭)がありました。ここに幕末の志士「高杉晋作」が修行の旅の途中に投宿したという、地元の旧家から古文書が見つかったそうです。そこには、高杉晋作が泊って酒を飲み大暴れしたという話もありました。高杉晋作の日記「試撃行日譜」という日記には、はっきりと「牛久駅」(宿場)に投宿したことが記録として残っていますが、牛久宿なのか、田宮なのかは定かではありません。尚、「いずみや」は明治以降も存続し、日清、日露両戦役の出征兵士の壮行会などに利用されたそうです。いずみや周辺には大店も多く、規制の厳しい宿場よりも繁華街的な宿場で賑わったのかもしれません。そして時代は昭和に入ると、薬師寺の前に映画館が出来ました。現在は建物が残っていますが、面影はありません。牛久の水戸道中(水戸街道)の文化の中心は田宮にあったのかもしれません。

| 17:43 | 投稿者 : ushiku |
「桜がくし」に翻弄されたサクラ

 

今日は南岸低気圧が通過し、西高東低の冬型気圧配置になったため、関東甲信で春の雪になりました。関東では桜がほぼ満開となっていますが、今日は歓迎できない雪になりました。牛久では霙交じりから雪に変わりましたが、昼過ぎには前線も遠ざかり、3時過ぎには雨もあがりました。桜が満開になる寸前に、急に雪が降ることはしばしばあります。満開の桜でお花見という時期に、雪が降るという季節外れの歓迎しない雪の事を「桜がくし」と言います。今日はまさに「桜がくし」そのものだったようです。春の淡雪は、降ってもすぐに消え、儚さだけが残ります。(三日月橋付近の桜、散り始めていました)

| 14:52 | 投稿者 : ushiku |
牛久の桜、今日が見納め?

 

牛久の桜は満開になりましたが、生憎の天気で、明日ゆっくり眺める暇もなく散ってしまいまそうです。今日は午前中曇り、気温は21度まで上がりました。午後からは曇りのままでしたが、気温は急降下、午後3時には11度まで下がりました。これは南岸低気圧が通過し、北東の強風が吹き荒れました。南岸低気圧の通過に伴い、西高東低の冬型気圧配置になるため、明日は雪の可能性も出てきました。この時期に降る雪を「桜がくし」と言います。日本人が好きなサクラは、「儚いからこそ美しい」という感覚は日本人独特のなのかもしれませんね。日本人は、美しいものを長く見ていると飽きてしまう、一瞬の「旬」を味わうことこそ「粋」であるということを感じるもののようです。美しい花を待ち、暖かい春に恋焦がれて、寒い冬を耐えているからこそ、花の美しさはより一層引き立つものです。この感情は日本の四季につながるのなのでしょうね。

| 19:00 | 投稿者 : ushiku |
牛久の桜が見ごろになりました

 

今日は「さくらの日」です。1992年に財団法人日本さくらの会が制定。この日は七十二候(桜始開)の期間に入り、かつ、平安時代初期の史書「日本後紀」に、この間に花見が初めて催されたと記述があること、また、「さくら咲く」の「さく」「咲く」が、ともに3×9=27の語呂合わせになることなどからこの日に制定されたそうです。桜前線が全国に行きわたるのは間もなくです。

牛久の桜も週末が満開になりそうですが、週末はお天気が大きく崩れそうです。明日土曜日は雨、日曜日は南岸低気圧の通過で関東にも積雪の予報が出ています。桜は今日が見納めかもしれません。牛久シャトーは満開。三日月橋は8分咲き。稲荷川外提も8分咲き程です。

| 16:29 | 投稿者 : ushiku |
桜始開に寒の戻り

 

今朝は緩やかな冬型の気圧配置になり、気温も摂氏2度と寒の戻り状態でした。畑は霜で真っ白。路傍の草には霜のフリルがつくほど冷え込みました。田宮西近隣公園では、放射冷却で、川霧が発生していました。水鳥はこの寒さにもめげず、元気に騒いでいました。桜の咲く時期に、突然の厳しい寒さ、桜の花もビックリしていることでしょう。今日は二十四節気(春分)の七十二候(次候)「桜始開」(さくらはじめてひらく)です。ようやく名実ともに桜の季節がやってきました。桜は「夢見草」という異名を持っています。昔の人にとっては、夢は儚いもの。桜も、儚く散っていくから夢見草と言ったのだそうです。でも、現代の私たちからすると、夢を重ねながら眺める花。夢見草という名がぴったりですね。ふんわりと開いていく夢見草。「桜始開」も「咲」ではなく「開」を用いています。

| 19:47 | 投稿者 : ushiku |
三日月橋周辺の桜

 

牛久の桜もそろそろ見ごろを迎えようとしています。今日午後3時の三日月橋付近です。ここは満開になると桜のトンネルになります。今週末には満開になるでしょう。今日は緩やかな冬型の気圧配置になり、早朝は摂氏3度、雨上がりでしたが、薄っすらと霜が降りていました。この突然の寒の戻りで桜も開花を躊躇したのではないかと思います。シャトーの桜も同様、開花は進んでいませんでした。お花見は日本人にとって、大きな楽しみになっています。お花見の起源は古く二つの説があります。一つは奈良時代の貴族の間で催された「花宴」に由来する説。もう一つは、奈良時代以前に遡り、古代の農村では、稲の成長を司る神様が信奉され、桜が神様の到来(田植えの始まり)告げる重要な役割を果たしていたとされ、桜の木にお供えして一年の豊穣を願ったことに由来するという説です。それが、現代では、農家のしきたりから外れて桜の下で飲むことが通例となっています。

| 18:15 | 投稿者 : ushiku |
稲荷川外提の桜並木に異変?

 

今朝6時の稲荷川外提です。ソメイヨシノの開花が進んでいます。従来は桜のトンネルになるほど見事な桜並木でしたが、心配なことがあります。異常なほどの剪定が行われている木が何本もあり、樹形も悪く、蕾も少なくなっているような気がしました。そのエリアは東林寺付近から南の部分で、小さく剪定されている木が何本のありました。枯れ枝を切ったのか、昨年の台風19号の被害、を受けたのか不明ですが、桜の名所が泣きます。そして、更に樹洞ができた木が何本も切られていました。これが、バラ科(サクラ、ウメ、モモ、ナシ、リンゴ等)の樹木を喰い荒らす大問題となっている「クビアカツヤカミキリ」であるとしたら大きな問題です。この害虫は西日本から北上し、茨城県には入っていなかったのですが、昨年、古河市の古河公方公園の花桃で県内初めての侵入が見つかりました。この昆虫を「森林総合研究所」が警鐘を鳴らしています。この状況で、しばらくフォローを続けてまいりたいと思います。

| 20:49 | 投稿者 : ushiku |