春を待ち詫ぶ穏やかな一日

 

今日は日射しのない一日になりました。太平洋上に南岸低気圧があり、お天気を崩していました。その低気圧の影響で明日の早朝は雪の可能性があります。大した積雪にはなりませんが、予報では2cmとされています。19日には二十四節気「雨水」でした。雨水とは、「空から降るものが雪から雨に変わり、氷が溶けて水になる」と言われています。蕗の薹が芽を出し、ソシンロウバイが仄かな香りを漂わせ、梅の優しい香となると、季節は暦通り春です。暖かくなったり、寒くなったり、待っていてもやってこない春、これを「待ちぼうけ」と言います。古い言い方では「待ち詫ぶ」(まちわぶ)と言います。三寒四温と言われるとおりに春はゆっくりとやってきます。来週には本格的な春の陽気になりそうです。(写真は中央生涯学習センター)

| 19:22 | 投稿者 : ushiku |
牛久の貴重な歴史遺産、女化分教場跡

 

女化開拓の文化遺産とも言うべき、現「女化青年研修所」が今も現在です。何れ文化庁の国指定登録有形文化財に指定されるのではないかと思います。その時が早く来ますよう祈るばかりです。

女化開拓は、当時の内務卿大久保利通の命を受けた元紀州藩士、陸軍少将「津田 出」(つだいずる)が明治11年、官有地の開拓を始めました。不毛の大地と呼ばれ、全く作物も育たないこの地を、津田は肥沃な農地に替えたいと、女化の地に津田農場の内最大の第七農場を作り、人手は、徳島からの入植者に頼りました。しかし、開拓は難しく、政府主導の開拓は挫折し、第七農場の農地は入植者に一部払い下げられました。しかし、広大な土地です。広大な土地は入植者の手に負えるものでは無く、その大部分は、神谷傳兵衞と竹内綱(吉田茂の父)が取得しました。こうして女化開拓は新たなスタートを切ったのです。入植者は苦労を重ねた末、取得した農地の開拓も順調に進みました。そして子どもたちのためにと私立の学校を作りました。この時、明治31年「私立女化尋常小学校」がスタートしたのです。そして、明治40年10月公立となり「岡田村立女化尋常小学校」に名称変更。明治42年には岡田村立女化第四尋常小学校に名称変更。昭和12年牛久村・岡田村の合併で「岡田小学校女化分教場」に名称変更。昭和47年学校の統廃合で「女化分教場」は廃校になりました。現在の研修所は昭和12年建設されたもので、80年の歴史があります。

| 18:36 | 投稿者 : ushiku |
ここにもあった歴史遺産(1)

 

ここはつくばセントラル病院の玄関前です。手前にあるこんもりとした山は「花見塚古墳群第1号墳」です。セントラル病院ができる前はこの付近に古墳群として幾つもの古墳がありました。1号墳の形は方墳ですが、円墳だったのか前方後円墳だったのかは開発によって変わってしまったかもしれません。この場所にも説明の標識が無く、大半の人は古墳と知らず通り過ぎているのではないでしょうか。貴重な歴史遺産をもっと大切に保存していきたいですね。牛久市内には20基以上の古墳、古墳群がありますが、古墳としての標識は皆無と言っても良いのではないでしょうか。

 

 

| 19:01 | 投稿者 : ushiku |
天気俚諺の通りになった今日のお天気

 

2月10日午前6:45分、朝靄の中から顔を出した太陽は空を真っ赤に染めて登場しました。お天気の諺「天気俚諺」の中に、「朝焼けは雨、夕焼けは晴れ」というお天気の諺があります。日本の天気は西から東へと変わって行くため、「朝焼けが見える」のは→東の空が晴れていて、西から雨になる可能性が高いと言うことです。「夕焼けが見える」→西の空が晴れていて、翌日も晴れる可能性が高いということを表しています。この諺が当たるのは高気圧と低気圧が交互に通過する春と秋です。お天気は西から崩れてきていて、牛久は午後10時頃から雨になるでしょう。

| 17:28 | 投稿者 : ushiku |
全貌が見えてきた小馬様台遺跡

 

国道6号牛久土浦バイパスの城中工区で埋蔵文化財の発掘調査が行われています。遺跡の名称は「小馬様台遺跡」(こまさまだいいせき)。調査期間は3月31日迄の予定で進められています。最新情報では、古墳時代の遺跡と修正されました。

茨城県教育財団によれば、(以下引用)

今年度に調査区域の中央部を調査し、次年度以降に北部と南部を調査する予定です。重機による表土除去作業後に遺構確認作業を行った結果、古墳の周囲に掘られた円形の周溝が姿を現しました。墳丘の盛土は後世の土地改変によって残存していませんが、周溝の規模から直径約20mと考えられます。当遺跡の周辺では,明神塚古墳群、山王塚古墳、水神塚古墳などの古墳が知られています。今回の調査によって、当地域の歴史に新たな発見が加わることを期待しています。

| 16:20 | 投稿者 : ushiku |
牛久シャトーを日本遺産へ

 

牛久市の公用車にこんなプレートが貼られていました。牛久シャトーの日本遺産に向けて動きが出てきました。文化庁への申請は今月2月です。(以下、平成29年5月25日の茨城新聞記事です)

「日本初の本格的ワイン醸造場「シャトーカミヤ」について、牛久市は24日、国内初期の醸造施設がある山梨県甲州市と共同で、日本遺産へ申請すると発表した。根本洋治市長が15日、甲州市役所を訪れて田辺篤市長と合意。両市の協議会を8月ごろに設置し、来年2月にも申請する。牛久市によると、申請のテーマは「日本の近代化と日本ワイン」。国重要文化財のシャトーカミヤと甲州市の「宮崎葡萄酒醸造所」を主な構成文化財として、来年度の認定を目指す。シャトーカミヤは1903年(明治36年)開業。近代化された工場でワインを大量生産した「本格的醸造施設」は国内で初めて。宮崎葡萄酒醸造所の前身は1877年に設立された日本初の民間ワイン醸造会社だった。」まず日本遺産、そして世界遺産を目指すため、市民あげての盛り上がりが必要ですね。

| 20:09 | 投稿者 : ushiku |
国道6号牛久土浦バイパスの起点工事が進む

 

市内を流れる一番の清流、根古屋川(準用河川)の景観が大きく変わろうとしています。写真奥側の架線がJR常磐線、その手前が国道6号線。工事中のところが国道6号線牛久土浦バイパスの起点です。国土交通省関東地方整備局常陸国道事務所によると、この場所は、平成6年4⽉21⽇、⽜久市遠⼭地先〜⼟浦市中地先の区間、延⻑15.3kmが都市計画決定され、現在、その起点部である⽜久市遠⼭町〜同市城中町の1.3km区間は、道路設計、⽤地買収、改良⼯事等を⾏っています。昨年から、根古屋川周辺の地盤強化工事が進められ、城中町の谷津に向かって工事は進んでいます。そして、牛久城址大手門付近の市道城中田宮線との接続点では、埋蔵文化財の発掘調査が行われています。

 

| 16:21 | 投稿者 : ushiku |
今冬の最後の雪になるか?

 

2月2日、午前6時30分田宮西近隣公園です。夜半から降り出した雪は、気温の低下と共に、アスファルトの道路は積雪がありませんでしたが、公園の芝生や畑は真っ白になっていました。この雪は午前中降り続来ましたが、午後から雪は上がり、夕方には薄日がさすまで天気は回復しました。明日は節分、日曜日は「立春」ですが、再び寒波が訪れそうです。この寒波を乗り切って本当の春がやってきます。

| 17:56 | 投稿者 : ushiku |
映画のロケ地が増える牛久市

 

中央生涯学習センターで、こんな光景に出くわしました。某映画社の撮影が行われていました。事務棟と多目的ホールの前で大掛かりな撮影で通行にも支障が出そうでした。最近映画のロケ地に牛久が選ばれることが多いようですが、知名度が上がることは有り難いですね。今年のNHKの大河ドラマ「西郷隆盛」の撮影地に牛久市が記載されていますが、牛久の何処なのか気になります。

| 20:04 | 投稿者 : ushiku |
6号バイパスの犠牲になる埋蔵文化財

 

国道6号線牛久・土浦バイパスの城中工区(場所:城中町の南西部(牛久城址大手門跡付近)で、根古屋川右岸の標高25mの台地上)で埋蔵文化財の発掘調査が今年の1月初めから始まりました。調査期限は3月31日迄。この遺跡は「小馬様台遺跡」(こまさまだいいせき)と言い、縄文時代〜古墳時代の集落跡とされています。茨城県教育財団が担当し、全貌が見えてきました。この遺跡の発注者は「国土交通省関東地方整備局常総国道事務所」です。発掘調査が終わり、報告書が出されると、この遺跡は整理される運命にあります。数千年前の貴重な埋蔵文化財を公共工事という大義名分で次々に消滅していくことに義憤を感じます。

| 18:40 | 投稿者 : ushiku |