今年最初のスーパームーン

 

1月21日、アメリカ一帯で皆既月食が観察されました。ただ、今回の皆既月食はただの皆既月食ではありません。なんとその名も「スーパー・ブラッド・ウルフムーン」。残念ながら、日本では見られませんでした。このアメリカで見られたスーパー・ブラッド・ウルフムーンとはどんな月なのでしょうか? 1月の最初の満月を「ウルフムーン」というそうです。命名の理由は諸説ありますが、2月の繁殖期に向けて年明けから遠吠えが多くなることや、ネイティブアメリカンの人々が真冬の食糧不足にオオカミたちが嘆いているという話にちなんで「ウルフムーン」と呼ぶようになったと言われています。

ところで、日本では、今夜(21日)は2019年最初の満月です。「スーパームーン」ともいわれています。「スーパームーン」とは、天文学の正式な用語ではなく、定義もはっきりしていません。主に地球と月との距離がとても近く、普段より月が大きく見える時に使われるそうです。なお、今年最も大きい満月は2月20日です。国立天文台によると、最も大きな満月は最も小さな満月に比べて14パーセント視直径が大きく、30パーセント明るく見えるとのことです。写真は牛久から見た今日のスーパームーンです。2400mmの超望遠レンズで撮影しました。

 

| 20:13 | 投稿者 : ushiku |
大寒の朝にサンピラー

 

1月20日(日)、二十四節気の「大寒」です。大寒とは、小寒から立春までの30日間を「寒の入り」と言いますが、その中間に当たり、今冬最後の節季となり、一年で一番寒い時季とされています。大寒の朝午前6時40分、日の出7分前です。東の空に珍しくサンピラー(太陽柱)が現れました。肉眼ではもっと高く伸びていましたが、カメラではこの程度しか表現しませんでした。

サンピラーとは、日本語で「太陽柱」と呼ばれ、日の出または日没時に地平線に対して垂直方向へ太陽から炎のような光芒(こうぼう)が見られる太陽光学現象のことを言います。

| 08:55 | 投稿者 : ushiku |
ちびっ子の叫び、「ありがとう稀勢の里」

 

今月16日、成績不振で相撲協会に引退届を出し受理された横綱「稀勢の里」ですが、牛久には期待の星だっただけに地元では大きなショックが広がっています。ここは牛久第二小学校です。右側のフェンスにはクラスごとに稀勢の里への応援のメッセージが書かれた昇り旗が場所ごとに掲示されひらめいていました。しかし、初場所が始まって連敗が続くと、むなしい昇り旗になっていました。何とか復活したいと願った市民のファンは大勢いたでしょう。しかし、報道の通り、引退という最悪の決断になってしまいました。本当に残念です。そして、今日気づいたのですが、第二小学校の渡り廊下に新たなメッセージが掲げられました。『おつかれさまでした❤』『ありがとう❤稀勢の里』 稀勢の里関には本当にごお疲れ様と申し上げたいと思います。

| 17:46 | 投稿者 : ushiku |
桜の脅威・クビアカツヤカミキリ

 

稲荷川外堤の桜並木。牛久の名所として、4月の桜のシーズンには多くの方が桜を楽しみます。しかし、この桜に脅威が迫ってきています。2018年1月に環境省の特定外来生物に指定された「クビアカツヤカミキリ」というカミキリムシが桜を枯死させると言う恐ろしい昆虫です。現在埼玉県、東京都、栃木県、群馬県に侵入していますが、茨城県にはまだ入ってきていないと言われています。でも時間の問題かもしれません。被害木には、根元にフラスと呼ばれる赤茶けた木くずと糞が混じったものが出てきます。この外堤の桜を毎日一本一本目視していますが、今のところ問題はなさそうです。

もしフラスを見つけたら、森林総合研究所か市に連絡を入れてください。

 ●体長 約2.5〜4cm(オスは小さな個体もある)

 ●特徴 全体的に光沢のある黒色で、胸部(首部)が赤色になっている

 ●生態 幼虫は樹木内部で2〜3年かけて成長し、その後、6月〜8月に成虫となって樹木の外に現れる。

 ●被害木 サクラ、モモ、セイヨウスモモ(プラム)など、主にバラ科の樹木

| 13:55 | 投稿者 : ushiku |
牛久城主・由良国繁の創建した七観音八薬師の一つ正源寺

 

朝日に赤く染まる瑞雲山正源寺の山門です。この寺の縁起は、戦国の世も終わり近づく文禄元年(1592年・秀吉の天下統一の二年後)、当時の牛久城主由良国繁の母君、妙印尼輝子の発案があり「これまでの戦で無くなった、足高、牛久両城を枕に討死した岡見家一族とその家臣、北条家との戦いで金山・桐生両城で打死した由良家家臣、更には秀吉の小田原城攻めに加わって討死した由良家家臣、これら戦没勇士たちの後生善所のために、七観音を建立し、八薬師を建て、修羅の苦患(くげん)を救おうと思い立った、どうであろうか」と国繁に相談したところ、国繁は「尤もなる仰せなり」と、戦没勇士の菩提を弔うことになったといわれています。妙印尼は、各地を巡見の折に、みずから建立寄進の場所を選定したそうです。そして、牛久市域に七観音八薬師が創建されました。その一つの馬頭観世音菩薩は写真の右のお堂にありましたが、現在は刈谷町の正源寺別院に移されています。

由良国繁は太田金山城主(現群馬県)でしたが、小田原北条氏が常陸国の佐竹氏を攻撃するため、金山城と館林城の借用を申し出た際、兄弟(弟の長尾 顕長(あきなが))はこれを承知しましたが、これに反発した家臣は国繁らの母・妙印尼輝子を擁立して籠城したため、兄弟は小田原城に幽閉されてしまいます。秀吉の小田原攻めの際、母の妙印尼が前田利家の手先に属して小田原城を攻撃し、武功を収めました。この時の妙印尼輝子77歳で、これが「戦国時代最強の女丈夫」といわれています。秀吉の天下統一後、妙印尼の武功が認められ、国繁兄弟は母の功績のお陰で、金山城に代えて牛久領の5400石を秀吉から拝領することになりました。ただし、秀吉からの朱印は国繁宛ではなく、母妙印尼輝子宛てでした。国繁は慶長16年、61歳で逝去。牛久領は息子の貞繁に引き継がれましたが、貞繁も若くして病没。貞繁に子がいなかったため由良氏の牛久藩は僅か二代でお家は断絶となりました。

 

| 18:14 | 投稿者 : ushiku |
武道館の全貌が見えてきた

 

下根の運動公園の武道館の全貌が見えてきました。もうすぐ完成でしょうか。第74回国民体育大会「いきいき茨城ゆめ国体2019」は、今年9月28日〜10月8日まで、茨城県の市町村が一体となって行われます。牛久は、空手道(武道館)(9月28日〜30日)と軟式野球(10月4日〜5日)(下根の野球場)で二競技が展開されます。この後、第19回全国障害者スポーツ大会「いきいき茨城ゆめ国体2019」は10月12日〜10月14日に行われます。牛久はオープン競技として、ブラインドテニスが行われます。今年の秋は盛り上がりそうですね。

| 14:33 | 投稿者 : ushiku |
牛久の歴史の証人・古墳を大事にしたい

 

ここは、刈谷区民館敷地内にある「刈谷古墳」(円墳)です。右にある倉庫と左側の乗用車の間のこんもりとした場所が刈谷古墳です。古墳時代の貴重な埋蔵文化財ですが、これが古墳ということをほとんどの方は知らないのではないでしょうか。市内には20数基の古墳が現存しますが、保存状態は決して良いとはいえません。標識、表示もなく、ただの土盛りした塚程度の認識ではないでしょうか。可能であれば、すべての古墳にきちんとした標識を立てていただきたいと思います。

市内で一番大きい前方後円墳「蛇喰古墳」をはじめとして、普段目にする、つくばセントラル病院本館入り口前にある塚「花見塚古墳群一号噴」、牛久駅東口付近にある浅間神社は「富士山古墳」。猪子町にある「道山古墳群」(前方後円、円憤)。城中町の「明神塚古墳」(前方後円墳)。「水神塚古墳」「愛宕山古墳」「稲荷塚古墳」(いずれも円墳)。牛久警察署の脇にある「愛宕脇古墳」(円墳)等々、数え切れないほどの古墳があります。すべての古墳にきちんとした標識を掲げて、多くの方々に牛久の宝として後世に引き継ぐことを考えていただきたいと思います。

| 19:34 | 投稿者 : ushiku |
歴史の証人・庚申塔

 

栄町の中央生涯学習センターにほど近い公園の一角で庚申塔を見つけました。庚申塔とは、庚申講の講員によって建てられたものです。庚申待とも言われ「庚申」(かのえさる)の日に主に男性がその行事を行いました。人間の頭と腹と足には三尸(さんし)の虫(彭侯子【上尸】・彭常子【中尸】・命児子【下尸】)がいて、いつもその人の悪事を監視しているという。三尸の虫は庚申の日の夜の寝ている間に天に登って天帝(閻魔大王とも言う)に日頃の行いを報告し、罪状によってはその人の寿命が縮められたり、その人の死後に地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕とされると言われていました。そこで、三尸の虫が天に登れないようにするため、この夜は村中の人達が集まって神々を祀り、その後、囲炉裏を囲んで寝ずに酒盛りなどをして夜を明かしたそうです。これが庚申待で、60日に1回は庚申の日が巡ってくるので、場所によっては6回または7回行うところもあります。庚申待を3年18回続けた記念に建立されたのが庚申塔で、今も各地に残っています。栄町一帯は戦後の開拓で知られている「成美開拓地」でした。この付近は、広大な荒れ地が広がっていましたが、開拓団によって肥沃な農地に変わりました。その後、大半の農家の生業は養鶏に変わり、利益も出るようになってきました。しかし、都市化の波に押され、成美開拓地は宅地に転用されることになり、成美開拓地は終焉を迎えました。「成美開拓記念碑」はこのすぐ近くにあります。

| 09:40 | 投稿者 : ushiku |
3年ぶりの部分日食

 

今年に入って二度目の宇宙ショーが見られました。先日の月と金星の接近。そして、今朝は部分日食です。これは、2016年3月9日以来3年ぶりの日食でした。東京のデータ(食の始め:8時43分、食の最大:10時6分、食の終わり:11時36分、欠ける割合:30%)

写真は牛久で撮影しましたが、9時53分で、食の最大にはやや早かったようです。太陽を撮影するのは大変難しく、直接撮るとイメージセンサーが焼き付いてカメラは壊れてしまいます。そこで、透明のガラスに蝋燭の煤を厚めに付けてカメラにセット、何とか撮影が出来ました。

| 16:07 | 投稿者 : ushiku |
市道・城中田宮線と6号バイパスの仮接続による驚異

 

ここは城中町の市道「城中・田宮線」の南詰めです。先日埋蔵文化財の発掘調査が終わり、根古屋から進む国道6号牛久土浦バイパスの槌音が響いてきました。ここは土曜日の午前七時ですから、車の通行は殆どありませんが、平日ですと、写真中央の信号機の右から国道6号銅像山信号からの流入する車で交通量が急速に増えていきます。その車はこの写真を直進し、近隣公園西の信号を右折。国道6号の田宮跨線橋下に向かうことが計画されています。しかし、現城中田宮線北詰から近隣公園東(県道46号)までは接続されていず、この写真の先の信号は刈谷(カスミ)信号右折、牛久青果市場信号右折、城中田宮線北詰右折(信号なし・つくば市からの抜け道)の三カ所と、北詰から市街地の細い道に入り、薬師寺の裏を通って県道46号線右折(近隣公園東)にでる四カ所が6号に出る選択肢になります。しかし、国道6号の西側の刈谷、つつじヶ丘、第二つつじが丘、田宮の住民は前述の6号銅像山信号から流入する(迂回してきた)車で各信号から右折が渋滞し、6号に出るのが大変難しくなっています。そこで、更に大問題。写真の南詰め(城中町)に国道6号線牛久土浦バイパスが仮接続されようとしています。まだ時間はかかりそうですが、仮接続されることによって、6号西側住民は、それぞれの信号の大渋滞によって、6号を超えられない(出られない)という生活に大きな支障が出そうです。現在も通勤時間帯は6号西側住民は6号に出るのが大変難しくなっています。

 

 

| 19:00 | 投稿者 : ushiku |