錦に染まった鎮守様

 

ここは牛久市田宮町のお隣り、旧茎崎町(現つくば市天宝喜)の厳島神社(通称弁天様)です。小さな村の鎮守様ですが、地元の方々の深い信頼を集めています。夏には小さな村落では珍しくなった花火大会が行われています。ここの境内には大きな銀杏の古木がありますが、落葉が始まり、境内は錦に染まっていました。茨城の県南のイチョウの黄葉の名所は、つくば市の洞峰公園新都市記念館前のイチョウ並木。牛久市の久野町観音寺のイチョウの巨木。土浦市の乙戸沼公園のイチョウ並木が有名ですが、今日、新たな名所を見つけました。(この場所は、県道46号線野田牛久線茎崎アオイ病院先の信号の左側です)

| 17:37 | 投稿者 : ushiku |
国道6号牛久土浦バイパスと城中田宮線接続で生活環境が変わる?

 

ここは県道46号線(野田牛久線)「近隣公園東交差点」です。国道6号「跨線橋下交差点」から西に一つ目の信号です。正面の標識の左側が塗りつぶしてありますが、交差点から左に約500mが未開通部分です。開通までには後一年半ほどかかりそうです。この道路は、市道「城中田宮線」です。この市道の南詰が大手門(牛久城址)で、ここに国道6号の「牛久土浦バイパス」が暫定接続されます。バイパスは大手門から、ロイヤルクリーニング工場の西側を通り三日月橋生涯学習センターと牛久三中の間を抜けて稲荷川を渡る予定です。

このバイパスの開通はあと何年かかるかわかりませんが、大手門で、城中田宮線に接続されるのは案外早い時期になりそうです。国道6号の根古屋付近で、バイパスが開通したとなると、市内を通過する車が相当数入り込むことが予想されます。入り込んだ車は写真の「近隣公園東」交差点で県道46号野田牛久線を右折(写真手前に曲がる)して次の信号、「跨線橋下」で6号に合流ということになりますが、この付近は6号に出るため朝夕は大変な渋滞になっていることから、大手門の暫定接続は恐怖と言わざるを得ません。城中田宮線の西側と言いますと、南から城中町、刈谷町、田宮町(つつじが丘、第二つつじが丘、田宮町一部)人口の多い行政区ですので、6号に出るために多くの時間的ロスが考えられます。

| 17:37 | 投稿者 : ushiku |
女化の洋館に日の目が

 

レンガ造りの洋館の廃墟。ここは、明治の実業家「竹内 綱」(たけうちつな)が建設した、女化の洋館です。女化一帯は明治8年、当時の内務卿大久保利通の命をうけて、旧紀州藩士の「津田 出」(つだいずる)が女化開拓に乗り出しました。乏水で、荒蕪の地という悪環境の中、国策の開拓が始まりましたが、開拓は困難を極め、数年で挫折しました。再び荒蕪の地に戻った女化が原に目を付けたのは、神谷伝兵衛(シャトー)と、前述の竹内綱でした。荒蕪の地を国から買い取り、欧米式農場を建設しようと、女化の地に洋館を建て、長男の「明太郎」とその孫に事業を託しました。この洋館は明治9年に完成、総レンガ造りで、牛久シャトーよりも早く完成した見事な洋館でした。竹内綱は実業家で、常磐炭鉱、九州の炭鉱等幾つも所有していた他、関東鉄道初代社長など、多くの企業を経営する有力な実業家とともに、自由民権運動の活動家でした。五男には「茂」がおり、この茂こそ、第45代総理大臣「吉田茂」でした。茂は生まれてすぐ、品川の貿易商吉田家に養子に入り、吉田姓となりました。女化の開拓は長男明太郎によって始まりました。しかし、スタートは良かったのですが、炭鉱不況の煽りを受けて、欧米式農場の存続は不能となり、明太郎一家は洋館を残して東京に帰りました。その洋館は暫く日の目を見ず、杉木立の中に埋もれていましたが、最近、竜ケ崎市によって、保存の動きが出てきました。

*この遺跡を保存してほしいと、10年前に竜ケ崎市の担当部署の課長に進言したことがありましたが、あれから10年が経ってしまいまいました。10年のギャップを払しょくして、素晴らしい記念物にしてほしいと思います。

| 19:24 | 投稿者 : ushiku |
突然湧き出した谷霧

 

今朝も冷え込みました。畑は霜と霜柱で真っ白。そして、放射霧が突然現れました。放射霧は、夜間に気温が下がったことで地面の空気が冷やされて、空気中の水蒸気が霧として出てくる状態のことをいいます。風が弱く、よく晴れた日の早朝に発生しやすいといわれています。盆地や谷沿いで発生しやすく、それぞれ「盆地霧」「谷霧」といった呼び方をされることもあります。明け方に発生し、9時ごろまでにはふわっと消えてしまう放射霧。まさに、自然が生み出す神秘的で儚い光景です。ここは田宮西近隣公園の北側から見た景観です。

| 19:12 | 投稿者 : ushiku |
番外編・徳川昭武邸

 

[番外編]今日は千葉県松戸市にある15代将軍徳川慶喜の弟、徳川昭武邸に行ってきました。現在は戸定が丘歴史公園となっていて、松戸市が管理運営しています。明治時代の徳川家の住まいがほぼ完全に残る唯一の建物です。約2年の建設期間を経て1884年4月に座敷開きが行われました。増築を経て、現在は9棟が廊下で結ばれ、部屋数は23に及びます。旧大名家の生活空間を伝える歴史的価値が、高く評価されています。江戸時代の大名屋敷の系譜上にありながら、徳川家が権力の座を離れたため、生活様式は大きく変化し、規模が著しく縮小しています。建物は大きく三つに分けられます。1) 来客や他家との交際に使う区画 2) 家族が暮らす区画 3) 職員のための区画です。各区画の性格に応じて、建物の構成や材木の質が異なっています。茨城県の常総市には豪農の「坂野家住宅」が知られていますが、戸定邸は旧大名の邸宅としては大変貴重なもので、特に徳川家の邸宅として唯一残されたものです。

| 19:48 | 投稿者 : ushiku |
湿度100%の朝

 

今日11月25日(月)朝は関東地方や東北の太平洋側が濃い霧や低い雲に覆われました。牛久では日付が変わってから昼前まで、霧で真っ白。湿度100%の状態が続きました。この霧の要因は、晴れる日の朝によく発生する「放射霧」(朝霧は晴れ)とは少し違い、複合的な要因だったとみられます。放射霧の場合は、晴れた夜に地表付近の空気が放射冷却によって一気に冷やされることで、気温と露点温度が近づくことで発生します。今朝の霧は原因が複合的だったと考えられます。要因のひとつは昨日まで降り続いていた雨。この雨により空気中にはたっぷりと水分が含まれている状態で、露点温度が高い状態でした。そして夜間に気温が低下して露点温度と近づいたことで内陸部で霧が発生しはじめ、南西からの風が弱まったことでこの霧が都心から茨城県南まで流れ込んだものと考えられます。午前6時14分、県道46号線です。

| 17:37 | 投稿者 : ushiku |
実りと勤労への感謝の日

 

昨日の「小雪」(しょうせつ)を過ぎたばかりですが、冷たい時雨の一日でした。今日は、南の海上にある低気圧によって、太平洋側各地で記録的な雨量となりました。特に茨城県鹿嶋市では、11月としては観測史上1位の1300mmの降雨量を記録しました。この後、もう一つの台風27号崩れの低気圧の接近で、明日の日曜日も、午前中いっぱい雨の予報となりました。

今日23日は勤労感謝の日。戦前は「新嘗祭」(にいなめさい)と言いました。その年に収穫された新しい五穀を天神地祇(天地の神々)に供え、自らも食する祭祀です。宮中祭祀の一つですが、各地の神社でも行われます。五穀とは、米-麦-粟-豆-黍もしくは稗。神膳には、米、粟のご飯とお粥、白酒と黒酒を供えます。「嘗」(なめ)とは「饗」(あえ)のことで、神に食物をもてなすこと、または、神と一緒に食べる「神人共食」を意味します。起源は古く、「古事記」には天照大神がが新嘗祭を行ったと書かれています。ここまで書くと、宗教的な色彩が強くなりますが、「実りへの感謝」も「勤労への感謝」も、忘れがちな私たちですね。そういう意味でも、大切な日なのです。写真は田宮西近隣公園で、エノキの巨木から散る枯葉です。

| 17:10 | 投稿者 : ushiku |
二十四節気・小雪

 

今日は前線を伴った低気圧の接近で、お天気は下り坂になりました。気温も朝から殆ど上がらず、寒い一日になりました。今日は季節の変わり目、二十四節気「小雪」(しょうせつ)です。江戸後期の歳時記「華実年浪草」(かじつとしなみぐさ)には「寒(かん)いまだ深からずして雪いまだ大ならざるなり」とあります。冷え込みが厳しくなり始める頃とされます。その名の通り、小雪がちらつくようになる地域もあります。そして、七十二候(初候)「虹蔵不見」(にじかくれてみえず)。これから5ヶ月、日光が弱まって虹が見えにくくなることを示しています。いよいよ冬本番ですね。公園の樹木も落葉が始まり、風の吹き溜まりには、枯葉が山のようです。ここは田宮西近隣公園です。

| 15:54 | 投稿者 : ushiku |
東雲色の時間

 

東雲色(しののめいろ)とは、夜が明け始めるころ太陽で白み始める東の空を思わせる明るい黄赤色のことです。曙色とも呼ばれます。東雲は現在でいう、網戸の網目にあたるものを、篠笹で作っていたので、「篠の目」といったそうです。東の雲が薄いピンクに染まり、真っ暗な室内に「篠の目」から明かりが差し込んだことから、“東雲色”と呼ぶようになったようです。一日の内で一番美しい色に染まります。エスカードビルと駅前のビルがシルエットとなっています。この場所は、つつじが丘(稲敷台地)の東の縁にあたる場所で、すぐ目の前が牛久市青果市場になり、市道城中田宮線の道路が走ります。この道路の造られた場所は、大きな谷津が入り込んでいました。その谷津に城中田宮線が作られています。古い話になりますが、6000年前の縄文時代には、この谷津に太平洋の海水が入り込んでいました。

| 18:50 | 投稿者 : ushiku |
海外文化が日本文化を侵略?

 

大手ショッピングセンターには、クリスマスツリーが飾られる季節になりました。つい先日まで、ハロウィンのデコレーションでいっぱいでしたが、次の大イベント、クリスマスのデコレーションに変わりました。そして、この写真をよく見ると、右下に「BLACK FRIDAYまであと7日」、の小さな看板が。BLACK FRIDAYとは、11月の第4木曜日の翌日にあたる日のことです。小売店などで大規模な安売りが実施されます。アメリカ合衆国では感謝祭(11月の第4木曜日)の翌日は正式の休暇日ではないが休暇になることが多く、ブラックフライデー当日は感謝祭プレゼントの売れ残り一掃セール日にもなっています。買い物客が殺到して小売店が繁盛することで知られ、特にアメリカの小売業界では1年で最も売り上げを見込める日とされています。また、年末商戦の幕開けを告げるイベントであるとされています。日本でも2016年頃からCMなどで耳にする機会が増えた「ブラックフライデー」は、年末セールの前哨戦として広まりつつあります。

| 18:20 | 投稿者 : ushiku |