里山の農道に轍

 

農道の轍(わだち)に夕日が当たっています。昔の農道は、荷車などの車輪によって削られた道でした。現在は軽トラックなどによって削られた轍です。その農道とは、農道は農業の振興を図る地域において受益地を特定し、圃場からの農産物の搬出・出荷や市場への輸送、農業機械や肥料などのほ場への搬入など、農業利用を主目的に整備される道路です。また 一般道路とは、市街地や住民の居住区域及び社会経済上の拠点地域を結ぶ、便益者不特定の産業道路かつ生活道路です。昔の街道には轍が多かったのでしょうね。

| 18:15 | 投稿者 : ushiku |
雪国の風情が漂う一日

 

今年三回目の雪になりました。早朝から降り出した雪は、午前中降り続きましたが、道路には積もらず、交通機関の混乱はなかったようです。予報では大雪の可能性と大げさな報道になりましたが、水分を多く含んだ春の淡雪は雪がやんだ昼前から溶け出しました。ただ樹木の着雪は雪国の風情を醸し出していました。明日の日曜日は高気圧に覆われお天気は回復しますが、西高東低の気圧配置になり寒い一日になりそうです。そして、この高気圧は明日一日限り。月曜日は次の低気圧が通過するため、雪の可能性も出てきました。三寒四温を繰り返しながら春がやってきます。

 

| 17:02 | 投稿者 : ushiku |
放置竹林に天狗巣病の脅威

 

牛久周辺で「まだけ天狗巣病」が蔓延しています。この場所は稲荷川です。天狗巣病に罹患した真竹は多数の節をもったつる状になり、多数の病枝が集まってほうき状または鳥の巣状になって、節には小葉がつきます。このまま放置すれば竹林全体が衰弱し、早期に枯死すると言われています。このようになった社会的背景には、かつて、マダケやハチクは竹材・タケノコ生産に不可欠でした。以前からてんぐ巣病の発生が問題になっていたようですが、適切な管理された竹林では、罹病竹が間引かれるなどして、被害はある程度まで抑えられていました。しかし、近年、竹材製品やタケノコは安い輸入品に置き換わったため、竹林はあまり利用されなくなりました。更には、竹林を管理する人達の高齢化が進み竹林は半ば放置されルようになりました。こうした社会的背景によって、天狗巣病が蔓延したと考えられます。

| 16:41 | 投稿者 : ushiku |
牛久の第四の開拓地、岡見が原開拓地

 

ここは岡見町の田園風景です。今でも広大な田園が残されています。牛久市には明治期の女化開拓、戦後の奥野開拓、成美開拓という三つの開拓が知られていましたが、明治初期に、「岡見が原開拓」という新しい史実が見つかりました。この土地は従来荒蕪地で、手つかずの荒れ地が広がっていました。荒蕪地とは土地が痩せ、穀物、蔬菜栽培にそぐわない、更に穀物の価格が安く、収支が償わないという時代でした。しかし、物価は騰貴し、生活は困難を極めていました。このとき、旧藩の失業した藩士たちは革命以来侍としての職を解かれ、家禄を奉還して資本金を拝受し、農商業に従事してましたが、そもそも薄録の上に慣れない事業なので以来十余年を経た今日でも生活の目処が立ちにくい。対策として現今の物価高に乗じて開墾し農牧畜業を営み生計を立てたい。この件については旧藩士の間で相談し旧藩主(牛久藩12代藩主山口弘達)も賛成している。ついては、1反歩につき25銭の地代で10年間拝借(国に)し、成功のうえ地価を上納し地券の交付を受けたい。と新政府に懇願しました。その発起人の一人に、日本画家小川芋銭の父、小川賢勝がいました。岡見が原開拓はその後紆余曲折がありましたが、広大な農地は農民に払い下げられました。

岡見が原開拓地は、現在の岡見町、福田町、小坂町の三町になります。

| 21:26 | 投稿者 : ushiku |
三寒四温・春間近

 

今朝は冷え込みました。冬型の気圧配置になり、今朝6時には氷点下3度まで下がりました。稲荷川も調整池も凍結。田んぼの畦はご覧のように霜で真っ白。日中は春を思わせるような暖かな一日になりましたが、お天気は下り坂です。明日は南岸低気圧が通過するため、明日後半から金曜日の朝にかけて雪になる可能性が出てきました。関東地方はこの時期が一番雪の多い時期になります。

今日は二十四節気(大寒)の七十二候(末候)「鶏始乳」(にわとりはじめてとやにつく)です。鶏が春の気を感じ、卵を産み始める頃。自然状態の鶏は、日照時間が長くなるにつれ、産卵率が上がっていくため、春から夏にかけてたくさん卵を産みます。冬の暦も最終コーナーに差し掛かりました。後五日で「立春」、梅の香りも漂い始めました。

| 17:29 | 投稿者 : ushiku |
放置竹林の救世主「1m切り」

 

高齢化で竹林の管理ができない、価値のない土地であるため売却できない等々、荒廃竹林が全国で社会問題となっています。ところが、この竹林を楽な方法で皆伐する方法が注目されています。それは、「竹の1m切り」という方法です。竹の休眠期、12月から翌年の2月の間に、地上から1mのところで切るという方法です。竹は春になって活動を始めますが、根から吸い上げた水分が切り口から吹き出すようになりますが、葉がついていないことで、根が衰えていきます。そして、一年後には根もろとも枯死してしまい、その後は地下茎もなくなりタケノコは生えなくなるそうです。写真は「1m切り」された竹林。

| 08:28 | 投稿者 : ushiku |
放置竹林の脅威2

 

放置竹林の脅威(その2)です。昼間でも暗い竹林のトンネル。両側は斜面林です。ここまで荒廃すると手のつけようがありません。当然タケノコも採れなくなっています。外来種の孟宗竹は竹材やタケノコで一時は繁栄した時期がありました。しかし、最近は高齢化と海外からの輸入量の拡大で、国内の竹に関する営農は完全にストップ。竹林は放棄され、荒れるに任せています。竹はタケノコから3ヶ月で10mにも成長し周囲にあった樹木を超える高さに成長し、光を奪っていきます。樹冠競争に負けたコナラ、クヌギなどの落葉広葉樹は枯死していきます。荒廃竹林の問題は福岡県の事例が報道されました。崖の上にある放置竹林から下にある住宅地に枯れた竹が落下し大きな問題になっています。下の方は命の脅威があると言っていますが、上の竹林の所有者は亡くなったご主人から1970年代に土地の相続があり、現在80代の女性の土地になっているそうです。使い道のない土地を売却したくても利用価値なしとして売れない。放置することで、山は荒廃が進む。80代の女性がこの大きな竹林を管理することは不可能。そこで、行政に譲渡を申し入れたが、市が譲渡を受けるのは「使い道がある場合」に限られ、山林は難しいということで話は進展していないようです。そもそも「土地」は手放せないものなのか。早稲田大大学院法務研究科の吉田克己教授(民法)に尋ねると、土地所有権の放棄が可能か否かは民法にも規定がない。「所有者のない不動産は、国庫に帰属する」という条文はあるが、今回のように管理に負担がかかる土地の放棄は一般的には認められないそうです。(出典:西日本新聞2018年5月4日に加筆)

| 09:44 | 投稿者 : ushiku |
放置竹林の驚異

 

放置竹林が全国で問題になっています。竹の旺盛な繁殖力によって「生態系の破壊」や「地滑りの危険」がクローズアップされてきました。孟宗竹の根は地中深く伸びず、地表面を這うように(根は地中30〜40cm付近と浅い・樹木は1m以上と深い)成長していきます。そして成長力が早く、樹林帯に侵入した竹はあっという間に伸びて、樹木を完全に凌駕します。その後、樹冠競争に負けた(光を失った)樹木は次々と枯死していきます。こうして竹林が拡大し、密集した竹林内には、耐陰性のヒサカキ(関東地方では神棚にあげる榊の代用として利用)や、ヤブニッケイなどの「陰樹」だけが残り、その森の生態系は大きく破壊されることになります。こうして竹林は他の植物を寄せ付けず、森林は荒廃し竹林に変わっていきます。この状態になるまで放っておくと、斜面林であれば地滑りの危険が増していきます。写真は市内各所で見られる樹木の斜面林ですが、孟宗竹が入り込み、樹木はかすかすの状態。斜面の大部分には枯れた孟宗竹が写真のような酷い状態となっています。異常気象による線状降水帯などによる集中豪雨で地滑りが心配です。

 

 

| 15:40 | 投稿者 : ushiku |
ハクチョウの落ち穂拾い

 

コブハクチョウが田んぼの中で何をやっているのでしょうか? この行動は、田んぼの稲の二番穂の籾を食べているのです。ハクチョウたちは、春から秋までは、マコモの根や茎を好んで食べますが、食べ物が少なくなってきたとき、陸に上がり、田起こしの済んでいない田んぼに入り、籾を食べています。春の餌は、田んぼの畦に生えている「シロツメクサ」等。夏は「マコモ」の根や茎。秋になって餌が少なくなると「落穂」や「水苔(通期)」を嘴で掬うようにして食べます。ハクチョウは草食動物です。

| 08:58 | 投稿者 : ushiku |
民間信仰が風前の灯火

 

これは、「ザガマタ」と呼ばれる「犬卒塔婆」です。犬卒塔婆とは、その地区で行われている女人講によって立てられました。女人講とは、神仏を祀り参詣する同行者の集まりを講(こう)といい、伊勢講、山の神講、不動講など、さまざまな講があり、女性どうしが集まる信仰の場であるとともに、日常生活の情報を交換する場でもありました。利根川下流域では多くの講の中に「犬供養」があり、講員である若い嫁が、毎年2月から4月ころにかけて定期的に行なう安産祈願です。犬の供養とは、犬は「お産が軽い」と考えられており、それにあやかりたいという思いが込められています。また、雌犬が死んだ際に臨時に行うこともありました。この習俗は利根川下流域に集中していて、「犬卒塔婆」または「ザガマタ」と呼ばれるY字型の木に供養の文言を書き、道の辻に立てる風習が見られます。しかし、高齢化とお産する若い人の減少で存続が危ぶまれています。市内でも多くの場所で見られましたが、現在は激減しています。

*ザガマタ:ウルシの仲間の「ヌルデ」の枝を切って樹皮を剥がし、Y字型の枝に供養の文字を書きます。

 

| 09:53 | 投稿者 : ushiku |