鎮守の森にひっそりと佇む鹿島神社

 

上太田町の集落の外れに鹿島神社(かしまじんじゃ、旧字体: 鹿嶋神社)があります。「鹿島」を社名に持ち武甕槌神(タケミカヅチ)を祭神とする神社。東北地方・関東地方を中心として全国に約600社あり、茨城県鹿嶋市の鹿島神宮を総本社とします。多くは鹿島神宮から勧請して創建され、神宮と同じ武甕槌神を祀ってい香取神宮の経津主神とともに中臣氏・藤原氏の氏神とされたことから朝廷・中央貴族の信仰を受け、武神であることから武家の崇敬も受けました。これが鹿島信仰といわれます。上太田町の鹿島神社は、牛久市上太田町475番地にあり、周辺は鎮守の森となっています。市内には8カ所の鹿島神社があります。上太田町、桂町(987番地)、桂町(1226番地)、久野町、中根町、結束町、奥原町、島田町。

| 19:44 | 投稿者 : ushiku |
農業の美・ネギ畑

 

まさに「農業の美」と言われる美しい景観です。ここは牛久市田宮町番外に隣接する、つくば市(旧茎崎地区)です。つくば市はネギの生産量で全国第14位。全国ランキングで1位は埼玉県深谷市(深谷ねぎ)、2位が茨城県坂東市でした。牛久市はネギの生産量では100位までのランキングには入っていませんが、落花生では茨城県が千葉県に次いで2位。この中で牛久市の落花生生産量は上位に入っているようです。特に女化地区の生産量が群を抜いています。農産物は農家の方々が精魂込めて管理することによって、作物が「日本の原風景」として応えてくれるのではないでしょうか。

| 18:43 | 投稿者 : ushiku |
管理された竹林

 

管理された竹林は明るくて良いものですね。真竹も孟宗竹も管理が滞ると環境は悪化し、野生生物はどこかに移動してしまいます。昼なお暗い不気味な竹林は全く魅力はなくなります。竹林も雑木林もそうですが、管理がされて初めて二次林と呼ばれる環境ができあがります。管理された二次林には生態系が維持され、この環境でした生きられない動物や植物が、この場所に留まります。これが里山の自然と言われる所以です。特に孟宗竹の環境が悪化しており、管理者の高齢化によって、放棄竹林と変わり果てています。これを改善する方法が注目されています。「竹の1m切り」という方法で、12月〜2月の間に地上から1mで切るというものです。この方法に視線が集まっていて、市内でも、1mで切られた明るい竹林が増えてきました。

| 19:30 | 投稿者 : ushiku |
墜栗花の季節

 

道路に栗の花が目立つようになってきました。このところ、季節外れの異常な気温が続いていましたが、今日の午後から梅雨寒となり、関東地方の梅雨入りが宣言されました。この時期は栗の花が落ちるという季節です。この栗の花が落ちるのを「墜栗花」(ついり)と書き、栗の花を梅雨入りの目安としたようです。その後、墜栗花→梅雨入りと変化したようです。昔の人は、自然現象を良く観察して季節の変わり目を読み当てていました。鬱陶しい季節がやってきます。

| 16:49 | 投稿者 : ushiku |
次々に消える谷津田

 

ここは、長閑な谷津田が広がっていた刈谷川の谷津田でしたが、次々に休耕田になっています。その原因は高齢化によるものでしょうか。今から30年も前には、秋になると、人手による稲刈りが行われ、小田掛けが幾筋も並び、まさに日本の原風景でした。その後、コンバイン等、機械化されて、手間はなくなったはずですが、今度は農家の高齢化が深刻になってきました。そして、谷津田は次々に休耕田となって、雑草に覆い尽くされています。この場所は刈谷川の谷津田ですが、現在進められている調整池の建設計画によって、水田を手放した方が多かったのではないかと思います。市内の美しい谷津田は、高齢化によって早晩消滅するのではないでしょうか。

| 18:20 | 投稿者 : ushiku |
わだちのある風景

 

稲荷川土地改良区の水田の間に伸びる農道。この二本に見える道は「轍」(わだち)と言います。轍とは、車の通ったあとのことを言います。未舗装道路でよく、車のタイヤに踏まれる部分だけへこんでいますが、そのことを轍といいます。都市部ではアスファルト道路でも、真夏にアスファルトが溶けて、轍が出来ますが、その轍は運転がしづらいということだけで終わってしまいます。しかし、農道の轍は、里山というくくりの中では、日本の原風景になるのではないでしょうか。時代は古くなりますが、江戸時代に整備された「五街道」や「脇往還」(五街道に準ずる格式のある街道、水戸道中等)、幕府が整備したと言っても、宿場を過ぎれば、轍の連続だったのでは無いかと思います。当時は大八車による轍が主だったのではないでしょうか。

| 18:38 | 投稿者 : ushiku |
畑の境界になぜ空木

 

畑の境に小さな木が並んでいます。この木はウツギ(空木)という低木です。主に関東地方で見られる光景ですが、目的は畑の境木(さかいぎ、境界樹、境界木)としてよく利用されています。その目的は、それは次の二つの理由があります。
ゞい刈り込みに耐え、次々と幹を出して長い間生き続ける
⊃失性で枯死しても地下の根株が永く残る

強い刈り込みに耐える必要があるのは、畑に植えられるので、作物に大きな陰を作らないように常に刈り込まれて低く維持されるからです。そして、寿命が永くなければ、境木としての機能を果たせなくなってしまいます。また、もし枯れてしまっても、いつまでも根株がそのまま朽ち果てずに残っていれば、枯れた後もなお境木としての機能を果たすことができます。空木は10年経っても枯死した株は地下に残っているそうです。

| 16:23 | 投稿者 : ushiku |
美しい谷津田の風景

 

猛暑続きの五月、やっと本来の5月がやってきました。城中町の「芋銭の小径」から牛久沼を眺望した景観です。辺りは新緑から深緑に変わり、早苗もしっかりと活着していました。ここ幾重にも並ぶ谷津田の景観は他に類を見ないほどの美しい景観です。小川芋銭は雲魚亭で日本画の制作に疲れたとき、雲魚亭を出て、稲荷神社から下る「芋銭の小径」を歩きながら、制作中の絵画の構想を練ったのでは無いでしょうか。この道は農道で、右に進むと、ヤマの下(電柱)脇を通過して進むと、牛久市観光アヤメ園に向かいます。

牛久にはこのような農業の美という牛久ならではの景観が多数見られます。牛久谷津とは、稲敷台地の南端に位置する牛久は、台地に深く入り込む「谷津田」が数多く存在ます。写真の城中町の谷津田の他、城中町の牛久城址下谷津田、遠山町の谷津田、女化町の谷津田は見事です。女化町の谷津田は10年前は市内No.1でしたが、休耕田が増えています。また、根古屋川流域の谷津田は、国道6号線牛久土浦バイパス工事で消滅しました。

| 19:50 | 投稿者 : ushiku |
不心得者の行為が環境破壊を招く

 

心ない者の行動が、自然環境の破壊を招きそうです。牛久でもアカボシゴマダラを頻繁に見かけるようになりました。アカボシゴマダラの夏型は黒白のごまだら模様で、後翅に赤班列がある大きなタテハチョウですが、写真の個体は春型になります。白い翅に太い黒筋があります。日本に生息するアカボシゴマダラは、ほぼ奄美大島のみに限定されていました。最近、中国大陸亜種が、神奈川県鎌倉市で不心得者によって放蝶され、関東一円に分布を広げています。そのために、本来生息しているゴマダラチョウの数が減っていると言われています。幼虫の食草は、関東ではエノキです。環境省の要注意外来生物 に指定されました。 (タテハチョウ科アカボシゴマダラ属)

 

| 17:49 | 投稿者 : ushiku |
丁寧に丁寧に水稲の管理

 

この時期の田んぼは、日本の原風景と言われる美しい景観です。市内の田植えはほぼ終わったようです。最近は殆ど機械で田植えが行われていますが、補修とか補植になると人手の作業となります。丁寧に丁寧に補修して、生育を見届けます。途中、カビが起こす「稲熱病」(いもちびょう)や「紋枯病」(もんがれびょう)。ウイルスなどによる「縞葉枯れ病」。細菌が起こす「白葉枯病」(しらはがれびょう」。病害虫では「トビイロウンカ」「ツマグロヨコバイ」「ヒメトビウンカ」などが媒介するウイルス病等々。異常発生は、農水省の「病害虫発生予察情報」によって知らされます。

今年は既に多くの注意報が出ていています。テレビでも報道された「ジャンボタニシ」など記憶に新しいところです。今年は何事も無く収穫を迎えて欲しいと思います。

| 17:10 | 投稿者 : ushiku |