令和元年の初霜

 

爆弾低気圧は北国に大雪をもたらして去り、今日は小春日和が復活しましたが、季節はしっかりと冬に向かっています。「朝寒」「夜寒」はしっかりとコートを着ないまでも、上着を一枚厚くしたくらいの寒さ、「そぞろ寒」は、暦通り、そろそろ寒くなってきたことを実感する寒さ、「漸寒」(ややさむ)は、いよいよ冬の寒さが厳しくなる予感がする寒さ。漸の字には「ようやく」とか「しだいに」の意味があります。北国では、既に冬の装い、紅葉前線はスピードを上げて南下を続けています。今日は、オホーツク海に居座る低気圧の影響で、寒気が列島に吹き込み、牛久は今年最低気温を記録し、初霜が降りました。

| 19:32 | 投稿者 : ushiku |
「望み葉」の季節が到来

 

立冬が過ぎると、本格的な冬がやってきました。北海道では雪の便りが届き、近畿地方では木枯らし1号(11月4日)が吹きました。この時期は、植物も冬眠に入る時期で、全ての葉を落とします。落ち葉を踏んだ時、太陽を吸い込んだ匂いがします。手で触れた感触、風に舞う音も心地よいものです。樹下に積まれた葉をかき分けると柔らかな土がこぼれます。スプーン一杯の土には約50億のバクテリア、2000万の放線菌、100万の原生動物、20万の菌類、藻類が存在すると言われています。土の中の生き物は枯れ葉を食べて、肥料をこしらえる役割があります。枯れ葉は春を彩るために土を肥やし、再生のために旅立つ「望み葉」なのです。来週は関東地方でも「木枯らし一号」が吹きそうです。

| 19:13 | 投稿者 : ushiku |
実りの秋の代表格・柿の木

 

昨日はまさに「初時雨」に相応しい雨の一日でした。今日は大陸からの移動性高気圧に覆われ秋空が広がりました。この時期、目立つのは「柿の木」です。葉を落とした枝にたわわに実る柿は、「実りの秋」の言葉に相応しい光景です。「柿食えば鐘がなるなり法隆寺」は俳諧正岡子規の代表的な俳句です。たったの十七文字で季節と情景が浮かんでくるのは日本人特有の感覚ではないでしょうか。そして、柿の味が口の中に浮かび、鐘の音が聞こえてくるような感覚になるのは日本人の証明なのかもしれません。

| 16:59 | 投稿者 : ushiku |
初時雨に震える落花生ぼっち

 

初時雨に震える「落花生ぼっち」。今日の日本列島は複数の低気圧に覆われるため、お天気は冷たい雨の一日になりました。昨夕の美しい夕焼けの天気俚諺「夕焼けは晴れ」が外れました。この時期、晩秋から初冬にかけて、一時的に降ったり止んだりする最初の雨を「初時雨」(はつしぐれ)と言います。いよいよ冬が来るという感慨がこの季節には込められています。「時雨る」(しぐれる)と動詞形で使われることもあります。 うしろすがたのしぐれてゆくか」(種田山頭火)   

| 16:03 | 投稿者 : ushiku |
法律で「里道」を何て読ませている?

 

里山の中に続く「里道(さとみち)」。この道ができる前は「獣道」だったかもしれません。この道は道路としてどのような位置づけになっているのでしょうか? ここで改めて、里道って何て読みますか?「さとみち」とか「りどう」と読み方はいくつかあります。法律上は、「りどう」と読ませます。里道(りどう)とは道路法の適用のない法定外公共物である道路であり、公図(法務局が管理する土地の台帳)上では、赤線で書かれているので”赤線”とか”赤道”とか言われています。これらの道は遥か昔、獣道として動物が往来する道であったはずです。その獣道を人間が利用するようになって、里地での重要な「里道(さとみち)」になりました。簡単に言えば、里山の里道(さとみち)も田んぼの間のあぜ道も誰の所有物でもなく、そのまま、太くなって道路になったものもあります。そして時代は遡り、現代では道路法で「里道(りどう)」と読ませています。

| 18:17 | 投稿者 : ushiku |
二番穂の錦秋

 

秋に刈り取りの終わった稲の切り株から出てくる稲穂を「二番穂」と呼び、秋に温暖な天候に恵まれれば再び稲穂を実らせ、 そのお米を食べることもできるそうで、味や食感は劣りますが昔はそれが庶民の大切な食料になっていたとのことです。稲は栽培品種としては1シーズンで刈り取ってしまうため、春に芽を出し秋に枯れる 一年生植物のように思われますが、もともとは熱帯地方で何年も枯れずに生きる多年生の植物であるため、 刈り取られてもまた株から芽が出て再び成長を始める性質があるそうです。

| 21:06 | 投稿者 : ushiku |
稲刈りの終わった田んぼに不思議な模様

 

田んぼアートという言葉がありますが、写真の不思議な模様が気になります。稲刈りは9月の初めにほとんど終わっていましたが、この田んぼは10月初めと一月遅れて行われました。そして、残った模様が写真のようになっていました。稲刈り機は真っ直ぐに刈り取るはずですが、模様はカーブしていることです。稲刈り機の機能はよくわかりませんが、どのように刈り取るとこの様な模様になるのか、稲刈りが行われた10月の初め、見ていれば良かったと思います。

| 14:21 | 投稿者 : ushiku |
管理されていない民俗遺産

 

都市化が進んだ牛久の市域ですが、ちょっと農村部に入ると、石仏等(石柱、道標、石仏)が見られます。どの石仏を見ても、地元では大事に守ってきた民俗遺産という大事なものであろうと思います。でも、殆どが保護されていません。大事な民俗遺産がいつの間にか行方不明になる前に、市内すべての石仏の棚卸しをして、後世に残す策を講ずるべきではないでしょうか。これまでに幾つかの行方不明になった石柱があります。田宮町にあった道標で、「牛久停車場まで××町」という道標は宅地化で不明。また、岡見町にあった同じく、牛久駅までの道標はいつのまにか不明。新地町の降下神殿に弘化新田に現存しますが、小さな石仏が市道沿いの破棄物に埋もれそうになっているのを見ますと、本当に残念でたまりません。

| 20:22 | 投稿者 : ushiku |
続々と出現する落花生ぼっち

 

市内で続々と出現する「落花生ぼっち」。牛久の秋の風物詩です。落花生ぼっちとは、収穫した落花生を乾燥させるために作られる、円筒状の塊、ボッチ、ボッチ積み、豆ボッチ等々呼び方はたくさんあります。ぼっちを使った乾燥は、産地での長い栽培経験から生み出された日本独特のものです。収穫(掘り取り)を行ったばかりの落花生は実の半分ほど(40 - 50 %)を水分が占め、そのままでは腐ってしまいます。落花生は掘りたての状態で茹でて食べることもでき、美味とされますが、生の落花生は1日で味や硬さが変化するので、冷凍食品以外では一般の流通に乗せることができません。通常は乾燥を行う必要があり、栽培面積が小さければ、収穫してすぐ鞘(さや)から実を取り出して筵(むしろ)に広げて干す・掛け干しにする・網袋に入れて風通しの良い軒下などで吊るし干しにする・という方法を採れますが、栽培面積が大きい場合は労力や資材の面でこれらの方法を採ることは困難です。そこでぼっちを作って干すという作業が行われるようになりました。

| 17:24 | 投稿者 : ushiku |
立秋・七十二候(末侯)「水始涸」

 

今日は二十四節気「秋分」の七十二候(末侯)「水始涸」(みずはじめてかるる)です。稲穂の実りの季節。田んぼの水が落とされて涸れる頃とされます。秋風に黄金色の稲穂がさわさわと揺れる眺めは、日本ならではの情景です。雷が鳴りやみ、虫は冬支度をはじめ、田んぼの水は抜かれ、次の節気に移ります。

でも、暦と現実は大きく異なります。温暖化は日本の暦まで狂わしてしまいました。現代の農業では、水を落とすのは出穂(8月始め)の後25日で落水です。田に水があると、大型のコンバインなどの大型機械が入りません。農業も近代化によって暦も大きく変わりました。なお、稲刈りも落水後1〜2週間後には終わっています。

| 15:17 | 投稿者 : ushiku |