人手によって環境を復元

 

牛久自然観察の森「狸の林」です。きれいな人工林(杉林)ですが、以前は林床に光も届かない暗い荒廃林でした。この山林が市が取得、間伐等が行われ、明るい森に変わりました。それまで、林床には、杉の枯葉が積もる貧しい環境でした。その環境は生まれ変わったのは、間伐によって、林床に光が届くようになったことで、それまで眠っていた植物が発芽を始め、一気に豊かな自然環境が復元されました。カリガネソウ、イチリンソウ、ニリンソウ、ドクダミなどの貴重な野草の他、落葉小低木も発芽しました。森林環境というのは、林床に光が届く環境が必要なんです。森林というのは、人手の入らない原生林(白神山地など)と、自然林(雑木林など人手の入った林で、手入れが滞ると元に戻っていく自然、雑木林)の他、人工林というのがあります。人工林とは、その山の樹木を利用するために育てられた杉林など。戦後は、木材で収益を得ようと、杉・檜林が出現しました。しかし、海外からの安い木材が輸入されるようになると、人工林は放置され、「荒廃林」というレッテルを張られるようになりました。このような環境では、「食物連鎖」というピラミッド構造が崩れ、このような環境(二次自然)でしか、生きられない動植物が行き場を失っていました。そのような環境を維持するには、人手による森林の管理が必要なのです。

| 20:42 | 投稿者 : ushiku |
美しい人工林

 

高齢化と安価な輸入木材の流入によって、放置林が急増しています。放置林はいずれ「荒廃林」になって、環境破壊につながります。杉林は「人口林」と呼び、人の手が加わった山ですから、最後まで面倒を見なければなりません。写真は牛久自然観察の森周辺の緑の保全区と呼ばれる民有林です。適度な間伐が行われていて、林床まで光が届いています。林床に光が届くと、植物が芽生え、生態系が維持されます。ヤマと呼ばれる森は、原生林(白神山地等)手つかずの森。自然林(雑木林と呼ばれ、人の手が入り、薪炭で収益を出していた森、放置すると遷移が進み、自然林に戻る)。人工林(杉林等、放置することで荒廃)。というような森があります。この中で、自然林と呼ばれ、雑木林とか平地林とも呼ばれる環境は、長い時代、この環境を維持した結果、この環境を「二次自然」と呼び、その環境でしか生育できない小動物や植物の「食物連鎖」が確立されており、放置することで食物連鎖が崩れ、二次自然の崩壊につながります。自然林も人工林も、放置することで自然生態系に大きな影響を及ぼすことになります。放置しない、放置できない仕組み考えなければなりませんね。

| 18:54 | 投稿者 : ushiku |
蝉時雨の森で森林浴をしましょう

 

連日の猛暑、熱中症アラートとか、昔の秋とは大きく変わってきました。秋は「三秋」と言われ「初秋」「仲秋」「晩秋」に分けられます。初秋は概ね陽暦の8月にあたります。初旬はうだるような暑さで、夏が去ることを忘れたのではないかと思いたくなるような日が続きます。しかし、秋の気配はそんな日々の中にこっそり忍び込んでいるのです。空調が整っていない時代に病気で倒れると、過酷な夏を乗り越えられるかどうかが寿命を左右しました。そのため、初秋の到来やわずかに感じる秋の気配は、大きな希望をもたらしたといわれています。コオロギが鳴き出し、ヒグラシの声を聞き、秋の七草を見ると、どんなに暑くても、秋の訪れを感じます。森の中は蝉時雨。アブラゼミ、ミンミンゼミ、ヒグラシの大合唱です。日向では眩暈がするほど暑さが身に沁みますが、森の中では蝉の声と樹々から発散される「フィトンチッド」を浴びて、森林浴はいかがですか。

| 16:34 | 投稿者 : ushiku |
カサブランカの親が咲いています

 

牛久自然観察の森を散策していると、爽やかな香りが漂ってきます。この時期花の少ないときにと、キョロキョロ探してみますと、ヤマユリが咲いていました。ユリには多くの種がありますが、ユリの中の基本種ともいえるヤマユリは、今人気の園芸品種のカサブランカの交配親でした。ヤマユリは、日本原産のユリで本州の中部地方以北の平地から山地に分布します。雑木林の林縁や、明るい林、草原に見られる球根植物です。7月から8月に開花と同時に芳香を漂わせる20cmほどの大きな花を1〜10輪ほど咲かせます。花弁には白地に黄色い帯状の筋が入り、えんじ色か紫褐色の細かい斑点が散ります。

| 19:50 | 投稿者 : ushiku |
新緑から万緑へ

 

春になると木々の芽が芽吹いて現れる「新緑」、この緑には驚かされるほどの多くの色合いがあります。この時期の樹木の緑の美しさには筆舌に期しがたいものがあります。「新緑」は初夏の未だ芽生えたばかりの新しい若葉の瑞々しい淡い緑ですが、この時期の季語を「新緑」と言い、明るい緑を「萌黄色」とも呼びます。その後、この緑は少しずつ変化を始めます。日ごとに濃さを増し、森全体が濃い緑に変わります。一面が草木の緑で満たされているような風景は、私たちを癒してくれます。そのような濃い緑一色の世界を表現する言葉に「万緑」があり、季語として数多くの俳句作品に詠みこまれてきました。この時期の森はフィトンチッドが充満し、森林浴には持って来いの季節となります。

| 20:34 | 投稿者 : ushiku |
公共施設の活動自粛

 

新型コロナウイルスで、各地、各所で自粛が続いています。茨城県の方針で、本県内の医療提供体制、県内、都内の感染状況から判断して、Stegeを4段階に設定してきました。

「Stege4」は「感染頻発・医療崩壊のリスクが高」、陽性者10人/日超。(すべての人が自粛)

「Stege3」は「感染が拡大している」、県内陽性者数10人/日以下。(高齢者自粛)

「Stege2」は「感染が概ね抑制」、県内陽性者数5人/日以下。(高齢者自粛、分散登校)

「Stege1」は「感染が抑制できている」、県内陽性者数1人/日以下。(自粛解除、通常登校)

このような方針に基づき、5月25日以降は「Stege2」に緩和、その後、二週間程度、引き続き陽性者数が抑制できれば6月8日以降「Stege1」へ対策緩和の予定とされています。このような状況の中、市の施設すべてが自粛で、一部利用ができなくなっています。ここ牛久自然観察の森でも、ネイチャーセンター、観察舎は閉館。トイレの他散策は通常通りできます。牛久自然観察の森内各ポイントには、看板が立てられ「建物は臨時休館中」と掲示されています。このコロナ禍が一日も早く収束することを祈るばかりです。

| 16:57 | 投稿者 : ushiku |
万緑の森

 

この時期は晴れれば、瑞々しく色調豊かで、濃淡も明度も様々だった新緑は、日を追うごとに濃さを増し、見渡す限り深い緑色になり、新緑が眩しい季節、これを「万緑」と言います。全てが緑に満ちた「万緑」という言葉には、深い安心感が漂います。私たちが緑に包まれると落ち着くのは、人類が、もともと緑の中で暮らしていたからと言われています。そのため「万」つまり、どちらを向いても青々と茂れる緑「万緑」からは、みなぎる生命力が伝わってきます。まもなく梅雨入り、鬱陶しい季節がやってきます。

| 16:25 | 投稿者 : ushiku |
観察の森は新緑から「茂」の季節へ

 

初夏で一番良い季節、五月雨(さみだれ)が辛いですね。今日は立夏後15日目の節気、「小満」です。江戸時代に著された博物誌「改正月令博物筌(かいせいげつれいはくぶせん)」には、「小満の日を麦生日といふ。晴天なれば、麦大いに熟す」とあり、万物が長じて満ちてくる頃と言われます。草木枝葉がすくすく育つ頃で、小満の七十二候(初侯)は、「蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)」です。孵化した蚕が桑の葉を盛んに食べて成長する時期です。今年の梅雨入りは遅く、梅雨明けは早いと予報が出ています。牛久自然観察の森では、若葉から新緑へと季節は移ろい、間もなく「茂(しげり)」という季節に移ります。「茂」とは、「木々の枝葉が密生して重なり合い、鬱蒼と生い出たさま」を言います。目の覚めるような鮮やかな若葉の緑は今が旬です。

| 18:26 | 投稿者 : ushiku |
新緑の観察の森

 

この時期は「八十八夜」と言われます。「八十八夜」とは、立春から数えて88日のことを指します。例年ですと、5月2日ですが、今年は「閏年」のため5月1日でした。「日本の歌百選」のひとつ「茶摘み歌」の中で「夏も近づく八十八夜」と歌われ、世代超えて親しまれている季語です。この頃を過ぎると、遅霜の心配もなくなるので、「八十八夜の別れ霜」という表現もあります。田植えが近づく農耕の大切な節目になります。牛久では、まもなく田植えが始まります。牛久自然観察の森は一年で一番美しい季節になりました。眩しいほどの新緑に心が安らぎます。

| 11:45 | 投稿者 : ushiku |
「山笑う」季節

 

今日は、紀伊半島の東方海上にある低気圧の影響で、風がぶつかって雨雲が発生しやすい関東甲信や東海では、すっきりしない天気になりそうです。二十四節気「清明」もあと四日、次の節気は「穀雨」です。季節は春本番になりました。「春山淡冶(たんや)にして笑ふが如く」。俳句の季語でもある「山笑う」は、古代中国の画家、郭熙(かくき)の言葉に由来します。里山を歩いていて、ふと立ち止まって周りを見渡すと、ほのぼのとした萌黄色の山に気づかれるでしょう。この柔らかい色は、いかにも人に微笑みかけているようです。写真は牛久自然観察の森。

| 15:09 | 投稿者 : ushiku |