準用河川・柏田川

 

ここは柏田川(準用河川)の下流域になります。ぶどう園通りを東に進み、ふれあい通りの栄町5丁目交差点を直進し道は緩い下り坂になります。その坂を下った一番下が柏田川の橋になります。ほとんどの方は知らずに橋を渡っています。そして道は緩い上り坂になり、登りきったところが東洋大牛久高校入り口になります。柏田川の源流は確実園園芸場付近で、現在では埋め立てられて川の姿は見られませんが、コルサム牛久(マンション)前のJR常磐線脇に調整池がありますが、この池が柏田川の源流付近の名残です。その水は上記写真の付近まで暗渠となってJRを潜り、田宮・中柏田線の眼鏡市場と洋服の青山の信号を斜めに横切り、牛久シャトーの裏に出て、市役所脇の近隣公園に。ここで、川は一旦顔を出し、再び暗渠となって、ふれあい通りの下を潜り、中央図書館の南側で地上に顔を出します。ここから、上記写真の三面コンクリートの川となって小野川に注いでいます。全長2.5kmの小さな川でした。

| 17:08 | 投稿者 : ushiku |
有料道路であって高速道路ではない圏央道

 

稲刈りの時期に相次ぐ台風で刈り取りが大きく遅れるのではと思っていましたが、晴れればあっという間に刈り取り作業は終わります。ここは中根地区の水田です。後方に見えるのは国道468号線です。国道468号線とは馴染まない数字ですが、通称「圏央道」です。どう言うわけか高速道路ではないのです。国交省によれば、圏央道は「高規格自動車専用道路」だそうです。要するに有料道路であって、高速道路ではないと言うことになります。

| 18:14 | 投稿者 : ushiku |
指定解除になった市民の木

 

まるでジャングルのようなこの場所は、久野町の鹿島神社飛び地にある、牛久の市民の木(No.15)「スダジイ」です。中央の赤茶けた部分がスダジイの朽ち果てた姿です。この度、大変残念なことですが、市民の木から指定が外されました。完全に枯れてしまってはどうにも仕方がありません。このスダジイのデータは、幹周:4.73m、樹高:18.3m、最大樹冠幅6.7m(NPO法人うしく里山の会測定)という堂々たる巨木でした。この木は、老木のため成長が止まり、樹冠競争に負けて、光も採れず枯死したのかもしれません。

| 16:37 | 投稿者 : ushiku |
仲秋にもの悲しく「蜩」の声

 

処暑が過ぎて、厳しかった夏もそろそろ終わりでしょうか。秋霖前線は南に遠ざかり、今日のお天気は何とか安定しました。このところ秋の深まりを強く感じるのは、ヒグラシの鳴き声です。蝉の中でも最も美しいとされる「蜩」の「カナカナ」と、もの悲しく鳴く声に思わず聞き入ってしまいます。まだ明けやらぬ早朝や曇りの日にも聞こえますが、日の傾いた頃に多く鳴くのでこの名があり、「かなかな」とも呼ばれます。蜩は、透明の羽を含めて4〜5cmほど、体は赤褐色、雑木林や杉林に生息します。日差しの弱くなってきた、仲秋にもの悲しく鳴くので秋の季語になっています。(道山古墳群にて)

| 15:06 | 投稿者 : ushiku |
今や肥沃の大地に変貌した岡見が原開拓地

 

ここは牛久市福田町です。鎌倉街道の北側にあたり、牛久大仏も見えます。今でこそ広大な北の大地のような景観を見せていますが、牛久には三大開拓として、明治期の女化開拓、そして戦後の、奥野開拓、成美開拓が牛久の黎明期の大きな開拓が三カ所ありました。しかし、ここに忘れられていた明治期の開拓がありました。その名は「岡見が原開拓」です。この時期は明治11年内務卿大久保利通の命を受けて、牛久の大地に乗り込んできた「津田出」(元紀州藩士)による女化が原の開拓が始まっていました。その官有地の開拓地から外れた、岡見が原に目を向けたのが、旧牛久藩士「愛知直簡」など3名でした。これらは、牛久県知事人見寧宛に「荒蕪地開墾の儀願」を提出したことからはじまります。その願書によれば、この広大な原野は「天賜ノ妖地」であるが、これ「空しく放棄セシムルノ形況」は、穀物の価格がきあめて安く「殖産培養ノ動費ヲ償フコトアタワザル」によるものとして、これを開墾「牧畜ノ事業ヲナシ」たいというものでした。願書提出の二年後、明治15年11月、その時点での貸付原野はすべて官有地。面積は、岡見・小坂・福田の原野82町歩5反余りでした。女化開拓ほどではありませんが、この広大な土地は前述の牛久藩士によって、開拓が始まろうとしていましたが、他の牛久藩士の同意を得られず、以後挫折の道をたどります。

| 19:58 | 投稿者 : ushiku |
稲荷川の支流に見える小野川

 

ここは一級河川小野川と同稲荷川の分水点です。左の写真の釣り人のすぐ右にコンクリートの出っ張りが見えるかと思いますが、ここが小野川の取水口です。取水口を通った水はグレーチングの下を流れて右の写真につながります。右の写真は小野川分水後の最上流となります。この場所はつくば市小野川地先です。高架道は国道468号線(通称圏央道)で、つくばJCTとつくば中央ICの中間地点です。左の写真の川は、取水口を境にして、上流(右)が小野川。左が稲荷川と名前が変わります。小野川はつくば市の小野崎にある味城跡と洞峰沼(現洞峰公園)を水源として、牛久市を西から東に縦断する形で流れる重要河川でした。現在は農業用に使われるだけですが、江戸時代には、江戸のエネルギー政策のため、市域で生産された薪炭と年貢前を江戸直納のために、水運が発達しました。市域の河岸から積み出された荷は稲敷市の伊佐津で一度荷揚げされ、ここから高瀬舟に乗せ替えられ、古渡から霞ヶ浦、横利根、利根川、関宿、江戸川、行徳、新川、小名木川を経由して、大川(隅田川)まで搬送されました。その歴史ある小野川が、なぜ稲荷川に分水したのでしょうか。それは、1979年、小野川を稲荷川につなぐ人工河川が完成し通水が始まりましたが、これは筑波研究学園都市の建設に伴い都市排水を考慮してのことでした。

| 16:56 | 投稿者 : ushiku |
久しぶりの青空に牛久大仏も眩しそう

 

雲間から青空が覗き、気温も上昇、午後4時には28度まで上がりました。久しぶりの青空に牛久大仏も眩しそうでした。このところ冷夏と日照時間が少ないことで、連日記録を更新していますが、梅雨明けは例年よりも遅れそうです。

今日は、二十四節気「小暑」の七十二候(末候)に変わり、「鷹乃学習」(たかすなわちわざをならう)です。鷹のヒナが巣立ちの準備をする頃となりました。5〜6月に孵化したヒナは、この頃に飛び方や狩りの方法を覚え、独り立ちに備えます。鷹は飛翔力が優れており、空中を自由自在に飛び回ることができますが、獲物を捕まえる時のスピードは、最高で時速80キロにも達すると言われています。また、「能ある鷹は爪を隠す」と言われるように、知能指数が高いことでも知られています。季節はあと半月で「立秋」です。冷夏とは言いながらもうすぐ秋。異常気象は世界的規模で包み込んでいます。

| 16:01 | 投稿者 : ushiku |
湯殿山の修験者が建立した大日様

 

島田町の畑の中に「島田の大日如来石像及び大日塚」があります。

左の標識の説明文には、当大日如来石仏は寛永6年(1629)出羽三山の湯殿山の修験者が「時念仏」という民間信仰を布教のため建立したもので、御湯殿山御神躰の胎蔵界大日様を刻み殆ど大日様の上に祀り、全国でも茨城県南地方にのみ見られる。大日如来は仏教界最高の仏像で、また真言宗の本尊である。此に「高福寺別当宝泉寺栄伝」「本願」などの銘刻があり、庶民信仰の対象として五穀豊穣等祈願した。近世に念仏衆が大きな塔婆を囲み数珠を操り、百万遍念仏を唱え「現当二世安楽」を祈った。

平成3年3月1日 牛久市教育委員会

| 18:25 | 投稿者 : ushiku |
五月雨に昼なお暗い古道

 

五月雨でしっとりと濡れた山道は牛久の古道「鎌倉街道」です。鎌倉街道とは、鎌倉時代に整備された道で、鎌倉幕府を開いた源頼朝が整備、保守しつつ、政治・経済・交通等を通して関東を支配していった主要な道でした。当時は鎌倉街道とは呼ばず、幕府のあった鎌倉から3本の道があり、関東一円に伸びていました。牛久を通るのはその一つ「下ツ道」と呼ばれる道で、鎌倉から東京湾沿いを通り、千葉から利根川を渡り、利根町、竜ヶ崎、そして島田村から牛久に入りました。

この道は金砂城の戦い(かなさじょうのたたかい)に源頼朝が進軍した道とされています。この戦は治承4年(1180)11月22日、常陸国金砂城(現常陸太田市金砂郷地区)における源頼朝率いる軍と常陸佐竹氏との戦いです。平安時代末期の内乱、治承・寿永の乱の内の一つです。

 

 

| 16:27 | 投稿者 : ushiku |
国道468号線って?

 

圏央道というと高速道路と勘違いしている人が多いと思いますが、この道路は、「一般国道468号線」という一般の自動車専用道路(高規格幹線道路)として整備された国道です。記憶に新しいかと思いますが、平成29年2月の境古河IC〜つくば中央IC間約28キロメートルの開通してから、急激に交通量が増えています。最高速度も70kmと中途半端で、現在までに全線でSAの無い不便な道路となっています。茨城県内区間でトイレ休憩できるのは江戸崎パーキングエリア(PA、稲敷市)のみで、最も近い菖蒲PA(埼玉県久喜市)まで約76キロも離れていて、魔の空白区間といわれています。当然利用者から不満の声が上がっています。国土交通省は、前述のPAのほぼ中間地点に「坂東PA」の事業化が決定したとのことですが、時期は未定です。

| 17:30 | 投稿者 : ushiku |