注目されながら寂しくなったシャトー

 

「じゃらんネット」で3月の茨城の歴史的建造物ランキングで「牛久シャトー」が第三位にランクされています。ちなみに、一位は弘道館、二位はワープステーション江戸でした。

じゃらんnetとは(株)リクルートが管理・運営する、宿泊予約も可能な旅行情報サイトです。20,000軒以上の参画施設が提供する「宿泊プラン」や「日帰り・デイユースプラン」が、インターネットで簡単に予約ができるほか、各旅行会社が提供するパッケージツアー、全国約9万件の観光スポット・イベント情報、会員による旅先での楽しい写真やクチコミ投稿など、旅行全般に関する情報が満載です。お出かけ・お泊まり・出張の際にはぜひご利用ください、とありました。

シャトーの販売部門が営業停止してから二月半、観光バスで来られるお客さんはゼロ。3月初めに根本市長とオエノンの社長のトップ会談が行われ、包括連携協定が結ばれました。秋頃までに方向性がまとめられるそうです。出来るだけ早い時点に方向性がまとまることを期待しております。

| 10:46 | 投稿者 : ushiku |
シャトーの壁面の蜂はオオスズメバチ

 

牛久シャトーの本館正面(二階の上・玄関天井)の壁に石膏で作った立体アート、蜂と葡萄が描かれています。これは、牛久シャトーが出来る前に、傳兵衛は樽詰めの輸入ワインにハチミツや漢方薬を加えて、甘味(かんみ)葡萄酒に改良しました。これが明治19年(1886)発売の「蜂印香竄葡萄酒」(はちじるしこうざんぶどうしゅ)でした。「蜂印」という名称は、かつて傳兵衛がBeehive(蜂の巣箱)」というフランス産ブランデーを扱ったことに因みます。「香竄(こうざん)」とは父兵助の俳句の雅号であり、親のご恩を忘れないためにと、この言葉のなかに「隠しても隠し切れない、豊かなかぐわしい香り(まるで樽のなかの卓越したワインのように)」という意味があることに因むそうです。そして伝兵衛さんがつけた「蜂」とは何の蜂だったのでしょうか。牛久シャトーを設計した、辰野金吾(東京駅、日銀本店設計)の一番弟子、岡田時太郎(牛久シャトー、軽井沢旧三笠ホテル設計)のアイデアだったのでしょうか。この蜂が何という蜂なのか検証しました。胴が「黄色の縞」、足が「黒」、頭が「黄色で大きな目」という特徴は「オオスズメバチ」でした。

| 17:36 | 投稿者 : ushiku |
賑わいを取り戻したい

 

昨年末でレストラン、物販の五店舗が閉鎖された牛久シャトーに久しぶりに立ち寄って見ました。雨上がりのため、人っ子一人いない園内は寂しい限りでした。これまではガーデンバーベキューやレストランを利用した客が、シャトーも見学していましたので、いつ行っても賑わいがありました。現在は、観光バスが来ない、四つあった入り口も三カ所が閉鎖され、正面一カ所だけ。開館も9時から4時まで。しかも土日は休館ということで、人々の足は遠ざかる一方です。閉鎖が発表されると、牛久市の各種団体や市民が再開を望む嘆願書等の署名運動を展開し、合同酒精に嘆願書を渡すというところまで進んでいます。後は牛久市長と合同酒精のトップ会談を待つばかりとなっています。重要文化財であり、牛久の宝である牛久シャトーを何とか復活してほしいものです。

| 16:46 | 投稿者 : ushiku |
牛久シャトーの衝撃・最終日

 

牛久シャトーが本日28日をもって、レストラン・キヤノン、レストラン・オエノン、ガーデンバーベキュー、ワインセラー、スーベニアショップの営業を終了。ワイン、ビールの製造も打ち切られます。尚、シャトー内の散策は今後も可能。神谷伝兵衛記念館、オエノンミュージアムが今後も公開されると報道されています。この突然の発表は、10月30日に合同酒精のHPで突然発表されました。突然の通告に牛久市では大騒ぎ、年間40万人の方が訪れる牛久第一の観光地となっていますが、収益面で厳しさがあったようです。その後牛久市をあげて嘆願書を集め、牛久市と合同酒精とのトップ会談が行われることになっています。再び賑わいが戻りますよう祈るばかりです。(写真は本日午前7時開門前の牛久シャトー)

| 16:31 | 投稿者 : ushiku |
牛久シャトー一部施設閉鎖のお知らせ

 

牛久シャトーの正門に掲げられた、「一部施設閉鎖のお知らせ」(看板に記載通り)

牛久シャトーでは、2018年12月28日をもちまして、下記の施設を閉鎖する運びとなりました。

皆様の長年にわたるご厚情に心から感謝申し上げますとともに、閉鎖によりご迷惑をおかけいたしますこと

深くお詫び申し上げます。

(閉鎖する施設)

 レストラン・キヤノン、ラ・テラス・ドウ・オエノン、バーベキュウガーデン

 スーベニアショップ、ワインセラー、牛久ワイナリー、牛久ブルワリー

見学施設(神谷伝兵衛記念館、オエノンミュージアムを含む園内の散策は引き続きご利用いただけます。

 

                              オエノングループ 牛久シャトー

| 12:08 | 投稿者 : ushiku |
シャトーの復活を祈りたい

 

牛久シャトーが揺れています。シャトーを経営する合同酒精が牛久シャトーの業績が悪いということで、今月末27日で、レストラン、スーベニアショップ等5店舗を閉鎖すると言うことで大きな衝撃が走っています。そのシャトーで、最後の忘年会をやりました。何とか存続してほしいという市民の願いが届いて欲しいと思います。中庭のバーベキューガーデンのテントはすべて撤去(冬ですから)され、恒設のバーベキューガーデン一棟のみとなっていました。バーベキューの味は変わらず、懐かしさを感じました。この牛久シャトーに牛久市民の存続してほしいという願いが伝わることを願うばかりです。

| 18:18 | 投稿者 : ushiku |
牛久シャトーの衝撃

 

この写真は2017年9月1日の写真です。古くは「牛久シャトー」として親しまれた名前でしたが、その後、「シャトー神谷」に変更されました。しかし、地元に根付いていた名前を元に戻そうと「牛久シャトー」に戻りました。あれから、一年、今朝大きな報道がありました。以下、茨城新聞の朝刊です。

日本初の本格的ワイン醸造施設「牛久シャトー」を所有するオエノンホールディングスが、グループ会社の合同酒精(千葉県松戸市)が展開する園内での飲食・物販事業から撤退することを決めた。10月30日の取締役会で決議し、ホームページで公表した。撤退予定日は12月28日。オエノンホールディングスは撤退の理由について「業績悪化のため」と説明している。牛久市は、同園を中心とした「ワインの里」のイメージを全面的にPRしていただけに、観光面で大きな痛手になりそうだ。同社によると、12月28日で営業を終了するのは、レストラン3店舗とオリジナルワインやクラフトビールなどを販売する1店舗、ワインセラー1店舗の計5店舗。加えて、オリジナルワインやクラフトビールの製造も同日までに打ち切る。園内で開かれる収穫祭やビアホールといったイベントも今年いっぱいで終わる。ワイン生産に使われた器具を展示する「神谷傳兵衛記念館」とオエノンホールディングスの歴史を紹介した「オエノンミュージアム」の2館は、12月28日以降も公開される。と言うニュースが流れました。今年は日本遺産の申請もあっただけに衝撃的なニュースでした。

 

| 18:47 | 投稿者 : ushiku |
日本のヘリテージング100選・牛久シャトー

 

牛久の宝、牛久シャトーは重要文化財、そして日本遺産に立候補するまでになりました(今年は不認可)。シャトーのステイタスはまだありました。日本のヘリテージング100選に選定されています。茨城県には二件だけ。牛久シャトーと、水戸市の弘道館脇にある「水戸市水道低区排水塔」(登録有形文化財)です。この配水塔は、下市地区へ良質な水道水を市民に供給するため、昭和7(1932)年に造られました。設計者は後藤鶴松で、高さ21.6m、直径11.2mの円筒形のコンクリート製です。塔の中央にはバルコニー風の回廊がせり出し、それを境に上部正面の2箇所、10箇所の窓にレリーフが彫られています。牛久シャトーの日本遺産認定のため市民の盛り上がりが必要ですね。

| 18:01 | 投稿者 : ushiku |
牛久シャトー・日本遺産不認定

 

「牛久シャトー」などワインに関わる文化財を山梨県甲州市と共同申請していた牛久市の根本洋治市長は「期待が大きかっただけに非常に残念。今後の対応については、結果を精査し検討していく」とコメントした。牛久シャトーを所有するオエノンホールディングス(東京)の牛久シャトーカンパニー、川口孝太郎物販部長兼営業推進部長は「認定されると思っていたので、とても残念」と唇をかんだ。その上で「不認定の理由を十分に吟味して、できるならもう一度挑戦したい」と再起を願った。事業を中心となって推し進めてきた同市教育委員会文化芸術課の木本挙周(たかちか)主査は「申請をきっかけに甲州市との交流が生まれたのは成果」と前向きに受け止めた。同市との関わりについて「ワインの里つながりで、今後もイベントなどを通し交流を続けていきたい」と話した。

(出典:茨城新聞5月25日(金)掲載記事)

| 20:17 | 投稿者 : ushiku |
日本遺産認定まで、シャトーを盛り上げたい

 

今日は朝から「五月雨」(さみだれ)の一日になりました。五月雨とは陰暦の6月に降る長雨を「さみだれ」と言いました。この雨も午後から上がりましたが、肌寒い一日で、シャトーに訪れる人もまばらでした。先日、牛久シャトーの日本遺産申請が「不認定」となったという報道がありましたが、申請前の盛り上がりも消えて、静寂に包まれた寂しい感じの牛久シャトーでした。不認定の際に関係部門は「不認定の理由を十分に吟味して、できるならもう一度挑戦したい」と再起を願ったと言われていますが、再申請は当たり前です。何度でも申請して日本遺産を獲得して欲しいですね。

 

| 19:36 | 投稿者 : ushiku |