シャトー・日本遺産不認定

 

日本遺産、「牛久シャトー不認定」の記事が新聞に掲載されました。5月20日、文化庁は地域の有形・無形の文化財をテーマでまとめ、魅力を発信する「日本遺産」に21都道府県の16件が新たに認定されました。第五弾の認定で、日本遺産は83件となり、東京で認定証の交付式が行われました。牛久シャトーは二回目も不認定。牛久市と甲州市と共同申請していた、「”一大物産たるべきを確信す”『日本ワイン』の夜明けを謳う」というタイトルで申請していました。残念な結果に根本市長も「非常に残念。今後の対応については、結果を精査して再チャレンジを含めた検討をしていきたい」とコメントされました。日本遺産は一発で認定されることは少なく、繰り返し繰り返しチェレンジすることが必要です。(茨城新聞から記事引用)(写真は4月の桜祭りの際のシャトーです。)

| 18:07 | 投稿者 : ushiku |
神谷伝兵衛が利用した溜め池の跡

 

今日の日本列島は移動性高気圧に覆われ、大分県の日田市で30度を記録、沖縄などの島嶼地域では真夏日を記録しました。牛久でも汗ばむ陽気でした。沖縄では梅雨前線の予兆が見え隠れしています。いよいよ本州では菜種梅雨、島嶼では梅雨という季節に向かいそうです。ここは市役所脇の近隣公園です。新緑でまばゆいばかりです。この公園は普段は市民の憩いの場所として利用されていますが、5月3日のうしく「鯉祭り」。7月のかっぱ祭りでは「遊びの広場」として賑わいます。

この場所は深く凹んでいますが、明治初期には柏田川が左から右に流れていました。ここは牛久シャトーの北側になり、この辺一帯には大きな溜め池がありました。稲敷台地は「乏水地帯」で、農業には「乏水」の二文字が常に付きまといました。そこで、中小河川の流域には溜め池が設けられ、農業に利用されて来ました。明治中期に、神谷伝兵衛は広大な女化台地の一部を取得。この溜め池の水を葡萄園に利用しようと考えていたのでしょう。

| 17:59 | 投稿者 : ushiku |
シャトーの名物にしたい鬱金と御衣黄

 

牛久シャトーで誰にも気づかれず緑色の濃いサクラ「ギョイコウ」が咲き出しました。よく見ないと若葉と見間違えるサクラです。このサクラも園芸品種ですが歴史は古く、江戸時代とか。「御衣黄桜」と呼ばれる八重の品種でした。「御衣黄」の名前の由来は、花の色が高貴な貴族の衣裳の萌黄色(もえぎいろ)に近いためこの様な名前が付いたと言われています。シャトーにはギョイコウの他、ウコン(鬱金)という黄色い桜があります。ギョイコウは1本。右近は10本近くあり、ソメイヨシノの陰に隠れて知る人ぞ知るという貴重な存在になっています。

| 16:46 | 投稿者 : ushiku |
牛久の桜はそろそろ花吹雪

 

昨日は南岸低気圧のもたらした寒気が大暴れしました。今年の桜は天候不順で一気に咲かず、長いこと見られました。その桜を「暦花」(こよみばな)と言います。かつては、桜の老木は「田打桜」「田植え桜」などと呼ばれ、暦代わりという重要な役目がありました。桜の開花を見て、籾をおろしたのです。桜と並んで、山里の春を象徴する木が辛夷、「辛夷が咲いたら畑豆を撒け」と古くからの農事の目安とされてきました。春、暦の目安となる木は柳から梅へ、そして辛夷から桜へ。やがて樟へと着実にタスキをつないでいきます。牛久シャトーの奥座敷、オエノンミュージアム付近の桜です。風が吹くと花吹雪状態になっていました。そして、池の中は「花筏」も見られます。

| 16:07 | 投稿者 : ushiku |
牛久シャトーのソメイヨシノが心配

 

牛久シャトー本館の右手前にシンボルツリー「ソメイヨシノ」の古木がありました。桜の季節には大きく枝垂れて本館の煉瓦の色彩と桜の花がマッチしてすばらしい景観でした。ところが、ソメイヨシノ50年説でしょうか、樹勢が大きく衰え、剪定された姿が写真です。この老木が昔の姿に戻れるのかどうか、それとも枯死してしまうのか。シャトーの中にあるソメイヨシノは大半が老木で、世代交代の若木を補植しないと桜の名所から脱落する可能性があります。つくばみらい市の福岡堰が良い例ではないかと思います。

 

| 16:37 | 投稿者 : ushiku |
久しぶりに賑わいが戻った牛久シャトー

 

レストランやワインなどの物販店舗が昨年で撤退した牛久シャトーで29日から「桜まつり」が始まりました。施設を所有するオエノンホールディングス(東京都中央区)と牛久市が結んだ包括協定に基づいて開催されたイベントで、場内の一角に地元商店主らの出店が並び、家族連れで賑わいました。ただ、今日はお天気が悪く、気温も10度ほどで、出足はやや鈍かったようです。
牛久シャトーは日本初の本格的ワイン醸造場といわれ、建物3棟が国重要文化財です。同社によると、敷地内にはソメイヨシノ約200本が植えられており、29日時点で3分咲きとなっています。桜祭りは明日まで。明日のお天気は薄日も射し、気温も15度ほどになりそうです。明日は多くの人出が見込めそうです。写真はバーベキューガーデンの模擬店です。

| 15:42 | 投稿者 : ushiku |
神谷家墓地跡に供えられた葡萄の城

 

神谷の共同墓地に行ってきました。共同墓地中央に一際目立つ墓地跡があります。参道の両側に御影石の大きな灯籠が並び、鳥居の先「神谷家墓地跡」という石柱が立っています。ここは元々「神谷伝兵衛」の墓所でした。この場所は元々神谷葡萄園の一部でした。

伝兵衛は大正11年、66歳で亡くなりましたが、生前にここに葬ってほしいと言うことから希望通りに埋葬されました。しかし、昭和53年に東京谷中の天王寺墓地に移されました。その後、牛久の墓所には規模こそ小さくなりましたが、その一部が残され写真の「神谷家墓地跡」という石柱と右側には伝兵衛を讃える大きな板碑があります。板碑の揮毫は、何と、牛久藩第12代藩主「山口弘達」(やまぐちひろよし)でした。山口弘達は明治になってから牛久藩知事、牛久県知事を歴任、学習院大学教授、子爵まで上り詰めた方です。今や人知れず寂しい墓地跡になっていますが、明治の歴史を動かした偉人の遺産を牛久の宝として日の目を当てたいですね。

今日はその「神谷家墓地跡」の石柱の前に、合同酒精が販売している「葡萄の城」赤・白が供えられていました。

| 18:19 | 投稿者 : ushiku |
注目されながら寂しくなったシャトー

 

「じゃらんネット」で3月の茨城の歴史的建造物ランキングで「牛久シャトー」が第三位にランクされています。ちなみに、一位は弘道館、二位はワープステーション江戸でした。

じゃらんnetとは(株)リクルートが管理・運営する、宿泊予約も可能な旅行情報サイトです。20,000軒以上の参画施設が提供する「宿泊プラン」や「日帰り・デイユースプラン」が、インターネットで簡単に予約ができるほか、各旅行会社が提供するパッケージツアー、全国約9万件の観光スポット・イベント情報、会員による旅先での楽しい写真やクチコミ投稿など、旅行全般に関する情報が満載です。お出かけ・お泊まり・出張の際にはぜひご利用ください、とありました。

シャトーの販売部門が営業停止してから二月半、観光バスで来られるお客さんはゼロ。3月初めに根本市長とオエノンの社長のトップ会談が行われ、包括連携協定が結ばれました。秋頃までに方向性がまとめられるそうです。出来るだけ早い時点に方向性がまとまることを期待しております。

| 10:46 | 投稿者 : ushiku |
シャトーの壁面の蜂はオオスズメバチ

 

牛久シャトーの本館正面(二階の上・玄関天井)の壁に石膏で作った立体アート、蜂と葡萄が描かれています。これは、牛久シャトーが出来る前に、傳兵衛は樽詰めの輸入ワインにハチミツや漢方薬を加えて、甘味(かんみ)葡萄酒に改良しました。これが明治19年(1886)発売の「蜂印香竄葡萄酒」(はちじるしこうざんぶどうしゅ)でした。「蜂印」という名称は、かつて傳兵衛がBeehive(蜂の巣箱)」というフランス産ブランデーを扱ったことに因みます。「香竄(こうざん)」とは父兵助の俳句の雅号であり、親のご恩を忘れないためにと、この言葉のなかに「隠しても隠し切れない、豊かなかぐわしい香り(まるで樽のなかの卓越したワインのように)」という意味があることに因むそうです。そして伝兵衛さんがつけた「蜂」とは何の蜂だったのでしょうか。牛久シャトーを設計した、辰野金吾(東京駅、日銀本店設計)の一番弟子、岡田時太郎(牛久シャトー、軽井沢旧三笠ホテル設計)のアイデアだったのでしょうか。この蜂が何という蜂なのか検証しました。胴が「黄色の縞」、足が「黒」、頭が「黄色で大きな目」という特徴は「オオスズメバチ」でした。

| 17:36 | 投稿者 : ushiku |
賑わいを取り戻したい

 

昨年末でレストラン、物販の五店舗が閉鎖された牛久シャトーに久しぶりに立ち寄って見ました。雨上がりのため、人っ子一人いない園内は寂しい限りでした。これまではガーデンバーベキューやレストランを利用した客が、シャトーも見学していましたので、いつ行っても賑わいがありました。現在は、観光バスが来ない、四つあった入り口も三カ所が閉鎖され、正面一カ所だけ。開館も9時から4時まで。しかも土日は休館ということで、人々の足は遠ざかる一方です。閉鎖が発表されると、牛久市の各種団体や市民が再開を望む嘆願書等の署名運動を展開し、合同酒精に嘆願書を渡すというところまで進んでいます。後は牛久市長と合同酒精のトップ会談を待つばかりとなっています。重要文化財であり、牛久の宝である牛久シャトーを何とか復活してほしいものです。

| 16:46 | 投稿者 : ushiku |