今年の葦焼は不発

 

今日は牛久沼に流入する河川、稲荷川、谷田川、東谷田川等のヨシ焼が一斉に行われました。ヨシ原のヨシ焼きは、ヨシに寄生する害虫の駆除、野火による周辺家屋への類焼防止、また貴重な湿地環境の保全などを目的として実施されます。風向きや上昇気流により灰や煙が広範囲に飛散し、洗濯物への付着、庭や屋根への降灰など、近隣住民に迷惑がかかるため、事前に防災行政無線(防災牛久)等で本日の実施の徹底がされました。午前10時から関係者が集まり、枯れたヨシに火をつけましたが、早朝に降った雨で、ヨシは湿っていてうまく着火しません。そこで10時半には、関係者も引き上げ、今回のヨシ焼きは不発となりました。写真は三日月橋のたもとで、この火の手は延焼せず、すぐに消えてしまいました。稲荷川周辺は「虎刈り」状態になっています。

| 17:15 | 投稿者 : ushiku |
国道6号牛久土浦バイパス根古屋(城中)工区の現況・その後

 

国道6号牛久土浦バイパスの建設工事が新しい段階に入りました。現6号の根古屋から伸びていた橋脚は城中の元山王前遺跡手前まで完成し、そこから大手門までは現在工事中です。そして、6号の根古屋から、最初の橋脚までの基礎工事が進められています。この区間は根古屋川流域の軟弱地盤であったため、地盤を固化するための基礎工事が長期間行われていました。それが終わり6号からの接続部分の工事に入っていました。市内でも手付かずの自然が残っていた根古屋川(市内でも一番の清流)とその流域は大きく変わろうとしています。

| 17:25 | 投稿者 : ushiku |
6000年前の遺跡が残る城中

 

ここは牛久市城中町の一角で、写真左側には特養の元気館があります。そして、写真を撮っている場所手前側の右に行くと上り坂で得月院方向に行きます。そして、右手から細い道が見えるかと思いますが、黄色い矢印の道を左に進み、右の背の高い木立を右に回り込むように進むと、谷津頭になります。谷津頭とは「谷津の突き当り」です。その谷津頭の崖の上が縄文遺跡の「城中貝塚」になります。ここは、今から6000年前の縄文時代、氷期から地球は温暖化になり、大陸の氷床が溶けて、海面は4〜5mほど上昇しました。写真の水田は海の底。海水は内陸まで入り込み、牛久沼は当然内海で、茨城県南部は「古鬼怒湾」とか「鬼怒の海」呼ばれる内海となっていました。城中は稲敷台地の縁(南端)にあたるため、台地に住んだ古代人は、崖を降りて、魚や貝を捕獲して食料にしていました。その遺跡となる城中貝塚には、海の貝や土器の破片が今でも散見されます。

| 20:16 | 投稿者 : ushiku |
国道6号牛久土浦バイパス城中工区の現況

 

国道6号牛久土浦バイパス、城中工区の現状です。正面の高くなった奥側が国道6号です。そして正面中段の平坦な部分が一昨年秋に埋蔵文化財の発掘調査が行われた「山王前遺跡」です。間もなく遺跡は削られて消滅します。この遺跡は「整理遺跡」として報告書が残りましたが、現状は写真の通りです。奥側は、橋脚が完成しており、遺跡を削った部分から手前に坂道として進んでくるのか、手前の谷に橋脚を建ててて同じ高度で大手門まで来るのかは定かではありませんが、まるでダム建設のような大きな工事になっています。

| 16:33 | 投稿者 : ushiku |
小川芋銭の一言で設立された碑

 

小川芋銭画伯の「改善一歩の碑」が人知れず街中に残されています。ここは小川芋銭の雲魚亭と牛久城本陣跡近くの一角に残されている碑です。改善一歩の碑とは、大正11年(1922年)に、城中青年会(矯風会)の手によって、旧牛久村の主要な道筋に立てられた道標です。当時、城中の青年達が、道標を立てる計画をしていたところ、それを知った小川芋銭画伯が、永久に耐えられる石柱にしなさいとこれを寄付してくれたものだそうです。青年会では早速好意を受け、芋銭画伯の名を石柱に刻もうとしたが、芋銭画伯は、名前の代わりに「改善一歩」と刻みなさいと言われたため、城中青年会はこの改善一歩を、自分の歩む道を善い方へ改めて進みなさい、と言う意味で、設立し現在7本が地区内に残っています。

| 21:03 | 投稿者 : ushiku |
水鳥の天国・牛久沼

 

昨日は気象庁の爆弾低気圧を過大評価で、天気予報は大騒ぎになりした。爆弾低気圧に向かって南風が入り込み3月か4月の陽気になるとか、更に春一番が吹くという天気予報でしたが、大荒れだったのは日本海側の地方。静岡県を境に西日本は、予報通りの温かい日差しが差し込みました。関東地方は曇りがちで最高気温が7度という寒い1日になりました。一夜明けて、今日は快晴で雲一つない快晴に恵まれました。夕方には北側にわずかな雲が出てきましたが、ほぼ快晴の1日と言えるでしょう。写真は牛久沼の水辺公園から牛久市を望んだスナップですが、雲はこの方向しかありませんでした。この時期冬鳥は全てそろい踏み。留鳥のコブハクチョウとシナガチョウ、カルガモ。冬鳥は、ユリカモメ(写真手前)、ヒドリガモ、カワウ、カイツブリ、カンムリカイツブリ、オオバン、コガモ等々、賑やかな水辺になっています。

| 17:46 | 投稿者 : ushiku |
春を感じて草花の芽生え

 

早春の「牛久沼かっぱの小径」です。城中の西斜面で、日当たりもよく暖かいのでしょうか。ホシノヒトミ(オオイヌノフグリ)、ホトケノザ、ナズナ、セイヨウタンポポ等々、少しづつ顔を出してきました。これらの花は寒さに強く、条件さえよければ一年中見られますが、この時期には特に春の訪れを感じさせます。これらの花は春の日差しを感じ取り、少しづつ花の数を増やしていきます。そして、小径の右側に植栽された「ソメイヨシノ」も堅いつぼみですが、目立ってきました。桜の季節には、小さな草花たちは小径を散策する人々の目を楽しませてくれるでしょう。

| 17:21 | 投稿者 : ushiku |
ご来光に代わって天使の梯子

 

明けましておめでとうございます。元旦の朝、ほのぼのと差してくる日の出前の光を「初明り」といいます。初日の出はもちろん、迎える前の空さえも期待を込めて見つめる響きも美しい正月の季語です。元旦の空は「初空」で、晴れれば五穀豊穣の兆しである「初晴」、雨や雪になっても、めでたい新年に天から降り、豊作を約束する「御降」(おさがり)と呼んで喜びました。いにしえからの営みの中で磨きあげられた暦の節目の中で、新しい年を迎える元旦は、殊の外大切にされました。すべてありがたく受け入れて感謝する心が大切だと思います。今朝の空は御覧の通り、初日の出は見られませんでしたが、幸運にも幾筋もの「天使の梯子」が突然現れました。

(撮影場所は、つくば市泊崎(弘法岬)から東の空です)

| 17:19 | 投稿者 : ushiku |
令和元年のおおつごもり

 

今日は一年の締めくくりの末日、大晦日です。古くは「おおつごもり」と言いました。大三十日(おおみそか)、大年(おおとし)、大歳(おおどし)、徐日(じょにち)などとも言います。「つごもり」とは、「月隠」(つきごもり)を略した言葉です。大みそかの夜が除夜。「行く年」は慌ただしく年が過ぎ行く感じを擬人化したものです。「去ぬる年」(いぬるとし)「流るる年」「年歩む」「年逝く」とも言います。「年惜しむ」とは、一年をしみじみと思い返し、ふと寂しく思う心。ことしの最後に締めくくる句として、災害の多発や、国際情勢、国内の情勢など「年惜む心うれひに変わりけり」(高浜虚子)という心境になりますね。

今日は日本列島を通過する低気圧や前線に向かって暖かい空気が流れ込み太平洋側では気温が上昇、関東地方の太平洋側では20度を超す陽気となり、気象庁の統計開始以来の記録となりました。写真は積雲の浮かぶ小春日和の牛久沼です。

| 20:35 | 投稿者 : ushiku |
野生動物には重要な二番穂

 

立派に実っている「稲の二番穂」。脱穀すれば十分食べられるような気がします。一度刈り取りが済んだ株から出てくるイネを「二番穂」と呼び、秋に温暖な天候に恵まれれば再び稲穂を実らせ、 そのお米を食べることもできるそうで、味や食感は劣りますが昔はそれが庶民の大切な食料になっていたとのこと。お米が生産過剰気味の今日では、わざわざこの二番穂を育てて米を収穫するようなことはしませんし、 翌年春の田起こしをたやすく行うために、収穫が終わったイネの株は田んぼにすき込んでしまうことも多いそうです。 しかし、二番穂は冬を越す鳥などの野生動物にとっては貴重な食料になるとして、刈り取りの際に水田に残された 落ち穂と並んで、里山における生態学的観点からはその存在が注目されています。稲荷川周辺の水田では、この落ち穂を食べているのが、牛久沼のコブハクチョウです。

| 18:55 | 投稿者 : ushiku |