国道6号牛久土浦バイパスで景観が大きく変わる

 

稲荷川刈谷橋から牛久沼方向を望む景観です。のどかな田園地帯ですが、この長閑な景観はいずれ消滅します。後何年先かはわかりませんが、川の右岸(写真右)を国道6号牛久土浦バイパスが通るルートになります。そして、この刈谷橋のすぐ手前(写真前方)からバイパスは川を右から左に横切り、つくば市に入り、稲荷川の左岸を北上して、高崎自然の森付近で稲敷台地に上り、国道408号線、「大井北」から既設の6号バイパスに繋がります。国道6号バイパスは、現国道6号の渋滞緩和を解消するために設置されるものと思われますが、現在の国道6号は、以前ほど渋滞しているとは思えません。渋滞による経済損失をシミュレーションした過去と現在の比較をしてみては如何かと思います。公共工事に名を借りた自然破壊は食い止めなければなりません。

| 17:07 | 投稿者 : ushiku |
いよいよ冬の装い・川霧の立つ稲荷川

 

今朝は7度まで冷え込みました。そして、川霧が発生しました。川霧は、夜、冷えた大気が、暖い川の水に触れて湯気のように上空に立ち上り発生します。冬に吐く息が白くなるのと同じ原理です。これから寒くなるとよく見られる風景です。ところで、この写真にもっと重要なことが隠れています。11月2日ですから、すでに初冬の季節です。川の後方に見える茶褐色に見えるのは紅葉ではなく、真竹の林で、「真竹天狗巣病」にかかった真竹の葉でした。そして、手前のお花畑状態なのは要注意外来生物に指定されている「セイタカアワダチソウ」です。セイタカアワダチソウは長期間同じ場所で生育すると、自ら出す「多感物質」によって自家中毒を起こし枯れて衰退しますが、ここで元気な理由がありました。この川の土手は茨城県によって、年に数回、除草が行われているため、セイタカアワダチソウも刈り取られて一度は枯死し、その後、新たな芽生えで元気なのです。(二級河川稲荷川下田橋付近)

| 19:15 | 投稿者 : ushiku |
国道6号線牛久土浦バイパス工事その後

 

国道6号牛久土浦バイパスの工事がダイナミックに進んでいます。しかし、地盤が悪いため、地盤固化の工事には殊のほか手間取っているように見受けられます。この工事で現6号の取り付け部分は根古屋川の軟弱地盤で一番遅れていようです。この写真の先では根古屋川の橋梁がかけられると工事は一気に進むでしょう。

| 17:34 | 投稿者 : ushiku |
いばらき百名橋をご存じ?

 

「いばらき100名橋」とは、2007年に県と茨城県建設技術公社、茨城県道路公社からなる「100名橋選定実行委員会」によって選出された橋の100選です。選定に際しては県民から推薦を受け付け、その中から審査、選定が行なわれました。
コンセプトは「技術的に優れている」「美しい」「歴史や伝承を持つ」「環境と調和がとれている」「住民の暮らしと深く関わっている」「産業の振興に貢献」といった点。太平洋に面し、利根川や那珂川、霞ヶ浦など数多くの河川、湖沼を有する茨城県ならではの100選となっています。

牛久市は稲荷川の最河口に架かる三日月橋が選ばれていました。特徴、親柱に河童の像です。

| 17:41 | 投稿者 : ushiku |
牛久沼の自然を感じる観光ルート

 

晴れたり曇ったりの目まぐるしく変わるお天気でした。今日の日本列島は前線を伴った低気圧が通過し、不安定なお天気になりました。明日はこの低気圧も去り、お天気は全国的に回復基調にあります。今日の昼過ぎの、牛久沼かっぱの小径です。朝夕には多くの方々の散歩する姿が見られますが、この時間は人影もありませんでした。県外から来られるお客さんは、JRの佐貫駅で降りて、牛久沼を左手に見ながら、6号を折れてかっぱの小径に入りアヤメ園まで足を伸ばす方が多いようです。これから、牛久沼の道の駅が出来るとこの流れはさらに拡大しそうです。このようなお客様に対して、ボランティアガイドの養成講座を昨日スタートさせました。来年3月末まで、歴史講座と現地踏査を繰り返し、4月から、「うしく歴史まち歩きの会」と言うボランティアガイドの看板を上げます。

| 19:34 | 投稿者 : ushiku |
秋の日は釣瓶落とし

 

今日も秋晴れの爽やかな一日になりました。日没16時53分でした。「秋の日は釣瓶落とし」と言われますように、今頃、この時期の日の入りは一日に約2分早まります。この言葉は正確には、「日没の時刻が早くなる」と「日没してから暗くなるまでの薄明の時間が短くなる」の二つの意味があります。そして、「つるべを井戸に落とすように」急速にまっすぐに落ちることいい、特に、秋の日の早く暮れ易いことの譬えです。

| 20:16 | 投稿者 : ushiku |
兵どもが夢の跡・牛久陣屋跡

 

江戸時代の牛久藩主山口氏は、守護大名の大内氏の一族で、家康が天下を治めた後、牛久藩を拝領して廃藩置県までの230年間牛久藩を世襲しました。初代山口重政を藩主として牛久城中に陣屋を置き、牛久市と阿見町に3600石の他に、八郷町に5890石、八千代村と千代川村に1570石、龍ヶ崎市に1195石を領しました 。その牛久陣屋が置かれた場所が現在の小川芋銭の河童の碑北側になります。現在は陣屋の遺構はなにも残っていません。

| 17:28 | 投稿者 : ushiku |
国道6号線牛久土浦バイパス工事その後

 

国道6号牛久土浦バイパスの工事は難工事の様相。準用河川根古屋川をを横切るため、地盤が悪く、地盤固化工事に時間がかかっているようです。バイパスの入り口での難工事、大手門付近までの仮開通にはまだまだ時間がかかりそうです。

| 16:01 | 投稿者 : ushiku |
国道6号線牛久土浦バイパス工事その後

 

国道6号線牛久土浦バイパスの城中工区です。この場所は根小屋川に仮設された工事用の橋のたもと。6号側から根小屋川を渡ったところです。谷津から城中の台地に上る部分です。正面の上がりきったところが当HP10月3日掲載した埋蔵文化財の発掘調査が行われるところです。この写真の手前側は根小屋川の河川敷で地盤が悪く、基礎工事に時間をかけているようです。根小屋川は市内でも唯一の清流で、周辺の自然も豊かな場所でした。その自然景観も大きく変貌しようとしています。

| 17:30 | 投稿者 : ushiku |
公共工事の犠牲になる埋蔵文化財

 

昨日掲載した埋蔵文化財発掘調査の隣の区画で、「小馬様台遺跡」の新規区画になります。市内各所で、貴重な埋蔵文化財の発掘が行われていますが、その大半が公共工事の犠牲になっています。ここも調査が終わると埋め戻すのではなく、表土は削られてコンクリート部材が持ち込まれて、すぐに道路(国道6号線牛久土浦バイパス)になってしまいます。残されるのは「整理遺跡」の記録のみです。貴重な埋蔵文化財の取り扱いがあまりにも無慈悲ではないでしょうか。文化財保護法の改正を望みます。

| 16:28 | 投稿者 : ushiku |