伝馬造茶船が行き交う小野川の畔

 

小野川の水は今日も静かに流れていました。今から約202年前の文化10年、11代将軍徳川家斉の時代に、小野川は大きく注目されることになりました。更にここから遡ること100年前、8代将軍徳川吉宗の時代に、江戸の人口は急増し、100万都市として、エネルギー問題が大きな課題となりました。この時、幕府は江戸を取り巻く周辺の村々に「御林」(おはやし・アカマツ林)を造林し、アカマツを薪炭にして江戸直納を命じたのです。牛久市域も大半が御林になりました。それから100年が経過すると、御林のアカマツは大きく成長し、江戸に薪炭を収める時期がきました。これら薪炭を大量に運ぶ手段としては、水運が一番だったのです。そして、文化10年8月9日(1813)に牛久の村々の農民が幕府郡役所に申請していた「伝馬造茶船」(でんまつくりちゃぶね)の鑑札が下りたのでした。鑑札を受けた農民は、小野川に自家用の河岸を設け、伝馬造茶船に荷(薪炭・年貢米など)を乗せて、現稲敷市の「伊佐津河岸」まで運び、ここから高瀬舟に載せ替え、江戸まで運んだのでした。小野川の畔に立つと、当時の水運の苦労が忍ばれます。

| 19:52 | 投稿者 : ushiku |
黄葉のメタセコイヤ並木

 

牛久駅東口から牛久市役所裏側に出る通称「シャトー通り」の終点にあるメタセコイヤの並木です。現在は黄葉を過ぎ、散りだしています。市役所横の近隣公園脇の遊歩道の景観です。メタセコイヤは当初、「化石」として発見されたために絶滅した種とされていましたが、1945年に中国四川省利川市磨刀渓村(現在は湖北省利川市)の「水杉(スイサ)」が同種とされ、現存することが確認されたことから「生きている化石」と呼ばれます。その後、1949年に国と皇室がそれぞれメタセコイアの挿し木と種子を譲り受け、全国各地の公園、並木道、校庭などに植えられるようになりました。

| 19:42 | 投稿者 : ushiku |
間もなく錦秋の観音寺

 

久野町の古刹観音寺の紅葉が始まりました。イチョウは色づき、一部散りだしていますが、もう少し時間がかかりそうです。山門前のカエデの紅葉はうっすらと色づいてきましたが、此方ももう少し時間がかかりそうです。正面の山門(県指定文化財)の後ろにあるイチョウの巨木は樹齢300年(推定)と言われている市内でも有数のイチョウです。そのイチョウの葉が散り出すと、秋が終わります。イチョウの散り出す時期は12月に入ってからで、境内も山門前(写真)も黄金色に染まります。ここ数年、落葉の時期は遅れて、12月に入ってからです。地球温暖化の影響なのでしょうか?

| 18:35 | 投稿者 : ushiku |
11月として54年ぶりの初雪

 

54年ぶりの初雪、本当に良く降りましたね。今日は本州の太平洋岸を発達した南岸低気圧が北東に移動したため、関東甲信地方に雪をもたらしました。早朝は雨でしたが、明け方から霙になり、7時頃から雪に変わりました。それから8時間、雪を降らせ、牛久での積雪は5cm程でしょうか。北側の道路ではシャーベット状になり、明日の朝はアイスバーンになりそうです。坂道の多い地区や交通量の少ない場所の車の運転は十分ご注意ください。また、川に架かった橋の上はブラックアイスバーンに十分ご注意ください。

| 19:27 | 投稿者 : ushiku |
錦秋のシャトーカミヤ

 

山粧う季節はいよいよ最終段階に入りました。錦秋の紅葉前線が山から下りてきて、平地の紅葉が最盛期を迎えています。茶色のケヤキは早くも落葉。イチョウの黄葉は最盛期を迎えています。このイチョウも今日の冷たい風で一気に散り出し、錦秋を飾るのは赤いカエデだけです。今夜は雨になります。錦秋は、この雨で散りだし、「秋に秋添う」と言う言葉どおりの季節が近づいています。これは、「秋のもの寂しい風情に更に寂しさが加わる」と言う冬枯れの時季が近づいているようです。

| 19:41 | 投稿者 : ushiku |